整理整頓が苦手で放りっぱなしにしていたので アナログレコードが随分集まってしまいました
筋金入りのコレクターではありませんし ビニールの袋も捨ててしまうタイプです 
また デュアル社のオートチェンジャーで聴いていましたので 中身とジャケットが違っていたり なかなか整理が進みません
       

過去に取上げたものはこちらに移しました
                    
毎月何枚かピックアップする予定です

‘12 No.30 

 
Night Birds / Shakatak / 1982年
私が このAlbumを現在も手許に置いているということは 「私が奇を衒うことのない偏りのない健全な音楽嗜好の持ち主である」という証と申せましょう。
確かにSiteで採り上げたAlbumを見ると 1982年はA New Chapter Of Dub / Aswad, Words Of Wisdom / Dennis Brown, Love Has Found Its Way / Dennis Brown, Gwen Guthrie / Gwen Guthrie, Night Nurse / Gregory Isaacs, Mundell / Hugh Mundell, Bad Man Possee / Junior Murvin, Mi Cyaan Believe It / Michael Smith, True Democracy / Steel Pulse, Reggae Sunsplash '81 / Steel Pulse etcなどほんの少しReggaeに偏っているようですが No-Man's-Land / Lene Lovich, 1999 / Prince, Songs To Remember / Scritti Politti, Records / Foreigner, The Number Of The Beast / Iron Maiden, The Secret Policeman's Other Ball / Sting, Beck, Clapton etc, Run For The Roses / Jerry Garcia, Last Date / Emmylou Harris, One Summer Night/Live / Jan & Dean, An Evening With / George Shearing & Mel Tormeなども聞いていたのです。

ミュージック・マガジン 1982年 8月号
アルバム・レヴュー大貫憲章(P228)

 イギリス製のAOR、フュージョンのきわめつけシャカタクのファーストLP。キレの良いシャープなリズムにギター、オルガンが華麗にメロディーを織り込んでいく。押しつけがましくないフュージョンにぼくちゃんメロメロ。この夏一番の爽やかLP。

真っ当な社会人がReggaeを聞いているなどと公言はできぬ時代。 このAlbumは普通に社会生活を営む上での隠れ蓑として 隠れキリシタンのマリア観音同様の必須Albumだったと申せましょう。
‘12 No.29 

 
Everyday I Have The Blues / Joe Williams/Count Basie Orch. / 1959年
ルーレット・ヴォーカル・メモリアル・シリーズ。 「ジョー・ウィリアムスの代表的ヒット曲を収録したモダンブルースの決定版!!」とのこと。 価格は1800円也。 私はこのシリーズで「ヴィレッジ・ゲイトのクリス・コナー」も買ったと記憶。

解説より(Bud Katzel 訳者不詳)

 ブルースの形式はジャズの歴史と発展には無くてはならない部分である。それは他の唱法の形式と同様に熱心な支持者を持っており、そしてしばしば分離した存在と考えられている。おそらくこの形式の支持者たちの重要な理由のひとつは、ブルースのもっとも明瞭なスポークスマンのひとりであるジョー・ウィリアムスの人気によっている。
 カウント・ベイシー・オーケストラのヴォーカリストとして、ジョー・ウィリアムスは、ソウルフルでロマンティックなバラードやスウィングする明るいアップ・テンポのリズムの歌の場合でも、ブルース同様自分自身がくつろいでいることを実証している。ジョー・ウィリアムスにとってブルースは、どんなブルースであれお手のものであるが、ベイシーのグループの輝かしい共演のあったブルースは、音楽を聴く経験のうちでは究極のものである。
 このアルバムではふたたびジョーは、モダン・ブルースのマスターであることを立証しており、またベイシーの味つけは優れたもので、永年のベイシー・アイトの2人、サド・ジョーンズとフランク・フォスターがアレンジを担当してつくりあげた。
 あなたがたはジョーがあの奔放でリラックスした様子でむせび泣くように歌うのを聞くだろう。そこには彼り口(原文どおり delivery/語り口かと)の素直さをそこなうような自意識の葛藤はない。そしてまたブルースの詩に対する彼のなみなみならぬ"フィーリング"を聞くだろう。つまりまるで彼が自分の経験の泉の中から言葉を書き、再現の形で彼がすべてを想い返しているのである。

私の世代では「日本未来の党」同様の中途半端なGenreということで 70年代Rock/Soul青年には華美な印象を与え 背伸びJazz/Blues青年には泥臭く 皆の関心は今ひとつでした。 聴後の爽快感はかなりのものなのですが...
‘12 No.28 

 
Hydra / Hydra / 1974年
邦題は「不死身のロック魂」。 日本では二枚目のLand Of Moneyの方が先に発売されたようです。

ニューミュージック・マガジン 1976年1月号 今月のレコード(P178)
評者 木崎義二 評点90点

 『ランド・オブ・マネー』のアルバムで、日本でも一部のハード・ロック・ファンに人気のあるハイドラ。このアルバムは彼らが74年に発表したデビュー・アルバム。
 オールマンズで代表されるキャプリコーン・レコード専属であるが、彼らの超メガトン級のハード・サウンドは、キャプリコーンの他のグループとは一味も二味も違う。イントロからエンディングまで、あらんかぎりの力でロックン・ロールをがなりたてる。ライブ・バンドとしてアメリカ南部を中心にいかに爆発的に受けているか、このアルバムを聴いてはじめて納得いく。
 アトランタで注目されてから既に1年以上、デビュー・アルバムにまつわる噂も数々あったが、想像以上のハード・グループであることはまず間違いない。小細工に神経を使わず、飾り気のない演奏に堂々と邁進している姿は頼もしい。このロックはイギリスにはない、紛れもなくアメリカの音だ。

御意。同感です。 Doobie BrothersやSteely Danに Boz Scaggsといった若年寄風のRockが持て囃された時期ですが そろそろ新たな展開の可能性を探っていたというところかと。 ただ「一部のハード・ロック・ファン」という言葉が気になります。 大貫御大にTV Eye / Iggy Popの評で「一部」扱いされて ちょっと気を悪くしていたのですが 既にこの時点で木崎御大に「一部」扱いされていたとは... 
‘12 No.27 

 
Words Of Wisdom / Dennis Brown / 1982年
Usain Boltを思わせるしなやかで弾む拍子が刺激的。 ただBoltは20秒弱(200m)なのに対し こちらは同じ調子で40分以上と少々飽きてしまい ペース配分を考える必要があったように思います。

ニューミュージック・マガジン 1979年9月号 今月のレコード(P168)
評者 日暮泰文 評点87点

 ジョー・ギブスが強力にプッシュしていることもあって、デニス・ブラウンはジャマイカではナンバー・ワンの人気を持つほどにまでなっていると思われる。が、その割にはどこまで実力が伴っているのかな、という疑問は残っている。特にまだ若く、シンガーとしての力は充分に感じさせるものの、多分に一本槍的なところがあってLPとしての中での展開ということになると苦しい場面も出てくるように思う。ソウルのレゲェ版をこなすところから出発したデニス・ブラウンだが(ここでもジョニー・テイラーのAEを歌ったりしている)、それを乗り越えたのは認めるとしても、そこから先が、彼の「ヴィジョン」というのがもうひとつアイマイなもののように思えることもあって、少しぼやける。それでもソロ・シンガーとしてはここのところかなり充実してきていることがよくわかる一作だ。

Michael JacksonやPrinceがいまひとつお口に合わなかった守旧派の日暮/鈴木組の評価基準を垣間見ることができます。 私ももっと真摯な姿勢で音楽と向き合わなければいけないとつくづく反省。 などと言いながらも ぐうたらな私はLMFAOPSYJedwardに現を抜かす体たらくです。
‘12 No.26 

 
In Outer Space / Sparks / 1983年
Album冒頭のGo-Go'sのWiedlinとのDuet曲Cool PlacesがBillboard Hot 100の49位と故郷に錦を飾ったAlbumですが 玄人筋の受けはいまひとつ。

ミュージック・マガジン 1983年7月号
クロス・レヴュー(P178)
大家美津恵(評点6)
毒のあるしゃれっ気も感じられず、随分普通のポップ・ロックになってしまっている。
今野雄二(評点8)
『キモノ・マイ・ハウス』以前、すなわちハーフ・ネルソンと名乗っていた頃のユニークな節回しを取り戻したようだ。
森脇三喜夫(評点3)
 スパークスもダンサブルなエレクトロニック・ポップになってしまった。これはもう呆れるというか、エレクトロニック・ポップのイージー・メイキングにただただ感心してしまう。
中村とうよう(評点6)
ぼくは前々から割かしスパークスびいきのつもりでいるけど、この新作、彼ららしいシャレっぽさは感じられるものの初期のような妖しい魅力は発散していないね。いいメロディも出てこなくなっちゃってる。演奏もどこか張りが足りない。モロダーとピコピコ・サウンドをやってたころのほうがまだ才気がほとばしっていた。

そういえば 私の大好きなGiorgio MoroderとのNo. 1 in Heavenは際物扱いでしたね。 いきなりHalfnelsonまで遡られても 私のような一般人は困ってしまいます。  もっと素直に米国でのChart Inを喜んであげたいものです。 もっとも 斯く言う私も Dan HicksやSteve MillerやPrinceやPink Martiniが突然持て囃されるようになった時は ちょっと複雑な気持ちがしたものです。
‘12 No.25 

 
クラシカル・センセーション=四季/剣の舞 / シャープ・ファイブ / 1969年
私はPops育ちなので クラシック音楽もLovers Cocerto / ToysSwingle Singers始め寺内タケシとバニーズ / レッツ・ゴー「運命」などなどを経由してがほとんど。このAlbumもそんな一枚かと。

木崎義二先生の格調高い解説より。

 井上宗孝とシャープファイヴは、改めてご紹介するまでもなく、わが国のポピュラー・ミュージック界最高のインストゥルメンタル・グループである。最近はややもするとハレンチな音にならされてしまったぼくたちに、サウンドの美しさを再認識させてくれる。ロック・グループの中にも、このようにサウンドを重視したグループもいるんだ、ということを教えてくれる。それは、彼等の話題作「春の海」にも、このアルバムにも一貫していえることではないだろうか。
 井上宗孝のすぐれたグループ統制力、さらにリード・ギター三根信宏の音色に対する感覚が抜群で、そのテクニックは国際レベルである。シャープ・ファイブはこのアルバムでまた一回り大きい、スケールの大きいグループに成長した。

フィンガーズの成毛師はニュー・ロックに転進。それにひきかえ三根師は「旅がらすロック」など股旅物を除けば なんと頑固一徹・徹頭徹尾 ・初志貫徹・首尾一貫・頑迷固陋・志操堅固・堅忍不抜・虚心坦懐・明鏡止水・不撓不屈・粉骨砕身なお方でしょう。 Chick Coreaや野田総理に爪の垢を煎じて飲ませたいものです。 股旅物を除けば 私は熱烈に支持いたします。 くどいようですが股旅物を除けばです。
‘12 No.24 

 
Dread Beat An' Blood / Linton Kwesi Johnson / 1978年
これはHertbeat盤で 当時日本盤が2500円の時代でしたから Tower Records Inc.の米国盤価格2060円は頗るお買い得。
ニューの取れたミュージック・マガジン誌は 漸く1980年8月号の輸入盤紹介(P151)で 初めてLKJのBass Cultuteを採りあげたと記憶。 PrinceやMichael JacksonといったPops路線だけでなく 全体的に私の嗜好との乖離が顕著に。 同じ8月号のアルバム・レヴュー(P184)で 小倉エージ氏の「浪人 / Ronin」の評点9点に対し 「ザ・ブルース・ブラザース」は評点6点という評価に狼狽した記憶が。 この時点で既に 私の聴覚の老化が始まっていたということかも...

レゲエ・ブック(ザ・ブルース 1979年6月増刊号)レゲエ・アルバム88撰(P102)より。

 ついにここまで来たか、という感じだ。イギリスに於ける移民ジャマイカンの生活の反映としての、彼らの音楽であるレゲエのイギリスに於ける意味を考えれば、ブリティッシュ・レゲエとは何であるかが、おぼろげながらわかってくる。ポエットことリントン・クワジ・ジョンスンのソロ・アルバムであるこれは、マトゥンビのリーダー、デニス・ボヴェール、ジャー・バニー、ヴィヴィアン・ウェザーズらの力を借りて作ったものであり、現在のイギリスのジャマイカ移民の先鋭的な部分を映し出している。ジョンスンのナレーションに近いヴォーカルは、一種の聞きづらさの奥に、なぜか素通り出来ないインパクトを持っているのだ。レゲエという自らの表現手段を通して、ジョンスンはレベル・ミュージックを聞かす。なお、このアルバムの多くは彼の書いた同名の本をもとにしているという。そして、同名の16ミリ映画もあり、その主張はすべてを通して展開されている。(K)

私が一言付け加えるとすれば「信念の人」というところか。
‘12 No.23 

 
Live At The Lyceum Ballroom, London, 1984 / Johnny Thunders & Heartbreakers / 1984年
正直なところ New York Dolls時代のJohnny Thundersには注目していませんでした。 私の関心は Mick JaggerやSteven TylerやJulia RobertsやJessica SimpsonやAlanis Morissette同様 並外れて口の大きなVocalistのDavid Johansenに向き勝ち。 さらに申さば 当時のわが国には妖しさでは群を抜く化粧の「村八分」が身近に存在 New York Dollsに衝撃はありませんでした。 米国伝統の「明るい狂気」にしても 我々の世代はBeach Boys / Amusement Parks U.S.A.等で体験済。
従って 私がJohnny Thundersに関心を持ったのは Punk旋風の中で名前が取り沙汰されているのを見聞きして以降ということに。 そしてSo Alone(Solo Album)を聞きましたが 何となくPhil LynottやSteve Marriotの存在に違和感を。 そうこうするうちに 風の便りにAlbum TitleのSo Aloneという曲があることを知り 頭の片隅に情報として一応組み込んでおきました。 そしてこのAlbumでSo Aloneに遭遇 購入に至った次第。 その歌唱・演奏は 故中川昭一財務大臣兼内閣府特命担当大臣(金融担当)か前田敦子さんを思わせる酩酊状態と思われ Guitarを放り出し Jerry NolanのDrumsの前で大の字になってしまうという期待に違わぬ破滅的な出来映え。(You Tube 12分48秒辺りから)
ただオックスの「失神」やサンダー杉山の「雷電ドロップ」から「たこ八郎」「うなずきトリオ」などなど この手の芸風には昔から馴染んでおりますので特別の感慨はありません。 また松平定知さんや江守徹さんや中村七之助くんのような凶暴性を併せ持つ酒乱・依存症だとちょっと怖いですが どうだったのでしょう。
‘12 No.22 

 
Declaration / Alarm / 1984年
U2, Big Countryと相前後して登場。 当時の私は U2は買い控え Big Countryは The Crossingのみの購入にとどまったのに対し Alarmは 先にEP5曲入り(実はこちらの方が好き)を購入と またしても いわゆる「逆張り」をしてしまった形。 思い起こせば Folk Rock台頭期には Turtlesを支持し Psychedelic華やかなりし時 Grateful Deadに走り 英国白人Blues人気の高まりの中 何故かFamilyを好み SSWに注目が集まる中 よりによってNilssonとTim Buckleyに傾倒するなど 私は株式投資だけでなく音楽鑑賞でも「逆張り」で裏目に出ることが多いようです。

ミュージック・マガジン 1984年7月号
アルバム・レヴュー 大貫憲章(P226)

 ウェールズ出身の4人組アラームの初LP。ぼくの周りでは、随分前から話題を集めていたバンドで、僕自身、イギリスのバンドではクラッシュ以来久々に本気で注目している骨っぽいロックンロール・バンド。アコースティック・ギターのサウンドを巧くとり入れながら、熱いメッセージとドラマティックなロックを全身全霊で叩きつける爽快さ。(評点 9点)

初心で生真面目な感じがとても眩しくて NHKの若い広場 さらに青年の主張や高校野球の選手宣誓をうっかり見てしまった時のむず痒さを満喫。 ついつい若かりし頃のChicago Transit Authorityの来日公演(1971年)を思い出してしまいました。
それにしても この時期 英国はCulture Club, Duran Duran, Echo & Bunnymen, Human League, Soft Cell, Thompson Twinsなどなど多士済々。 その中で Alarmはちょっと野暮ったいかも...
‘12 No.21 

 
Eric Is Here / Eric Burdon & Animals / 1967年
長い間音楽を聴いていると とりわけ熱心に聴く訳でもないのに ある御仁のVinyl盤やCDが増えてしまうことが。 その典型がEric Burdon師かもしれません。 これでおしまいという区切りをつけなかったため ずるずると関係を引きずってしまいました。
通常は 適当な理由をつけて手仕舞いするのですが...
例えば
 Bob Dylan師の場合は Nashville Skylineの美声があまりにも気持ちが悪かったので 洗脳から一気に覚醒。
 また Beatlesは Magical Mystery Tourの馬鹿騒ぎに失望 驕りも感じ取り 時代に追いつかれたと判断。
 さらに Doorsは L.A.WomanのJacketの髭面とJim師のむくんだ顔にちょっと嫌気がさしていた矢先の訃報。
 そして Van Morrison師は Common Oneの独りよがりな求心性にこれ以上付き合いきれないと結論。
 ついでに Ry Cooder師は Chaka Khan(Bop Till You Drop)との手合わせで 生きの良い若手は不得手と看破。
 おまけで Clashは Sandinista!に混沌としたWhite Album(Beatles)の残影を見たため 見限ることに。
などなど。

Blog(切山椒と玉だれ)で Alan Price師が歌うRandy NewmanのSimon Smith & His Amazing Dancing Bearを題材とした際 同時期に Eric Burdon師もMama Told MeとI Think It's Gonna Rain Todayを歌っているのを思い出しました。 いつごろ入手したのかは定かではありませんが 酸いも甘いも噛み分けた今ならともかく PsychedelicでもBluesでもないので 拍子抜けした記憶が。 それでも手放さずにいたということは Eric Burdon導師に何か余程の思い入れがあるということでしょうか...
‘12 No.20 

 
Preservation Act1 / Kinks / 1973年

なんと米国NBCはOlympics Closing CeremonyのRay Davies / Waterloo SunsetをCutしてしまったそうな。 アナウンサーの声が演奏に被る程度で立腹してはいけなかったようです。

淀川長治先生の語り口を真似 亀渕昭信先生の文体を模した小倉エージさんの解説より。

 「ハイ、みなさん、いかがでしたか。よかったですネ。おもしろかったですネ。やっぱりレイ・デイヴィーズは、酔っぱらいの役で出てきましたね。それも、お酒をやめるとはいってても、なんとなく禁断症状のような、さすが役どころをうまくつかんでますネ。それに、忘られかけてるスターの役もやってましたネ。ホントニ、うまいですネ。
 それにしても、ミスター・ブラックは、ミスター・レッドみたいな役なのにブラックだなんておもしろいですネ。そして、いやらしい感じもしますネ。それに、フラッシュというのも恐いですネ。やっぱり、どっかの国と国のことなんでしょうかネ。もう、皮肉とユーモアたっぷりで、ごきげんになりますネ。さあて、これからいったいどうなるのか、後編が楽しみですネ。ではまた、来週お会いしましょう。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ、ニギニギ、サヨナラ。」

見事なまでの外しっぷり。 そもそも 私のRay Davies観とはかなり隔たりがあるようです。 この解説のせいで 私は後編を買うのをやめたという訳ではありませんが Let It Bleed以降のRolling Stones同様 普通のRock Groupとなったと判断し 以降Kinksとのお付き合いは遠慮。 (Rolling Stonesとは もともとBest盤2枚だけの割り切ったお付き合い) 私の場合 新手が登場するとついつい目移りしてしまい ある程度のお付き合いの後は関係を清算する機会を窺うことに。 BeatlesともMagical Mystery Tour以降は ある程度距離を置くことに。 1980年代までずるずると関係を引きずってしまったのは Steve Winwood師とEric Burdon師ぐらいと。 
‘12 No.19 

 
Reggae Street / Mighty Diamonds / 1981年

日本発売は2年後の1983年。 トロピカル・ムード満点のおしゃれなJacketに衣替えしての登場。 そんなこともあり ミュージック・マガジンに掲載されていたのを見落としておりました。 ニューが取れてからは 平衡感覚に乏しく狭小な一分野しか語れない執筆者が次第に増えてきて 広告を見るだけのことも度々。(ちょっと言い訳がましいかも)

ミュージック・マガジン 1983年5月号
アルバム・ピック・アップ 土山和敏(P202)

 このアルバム、バックを務めるのは毎度毎度おなじみの、レゲエ界のJISマーク(ほんまかいな)ことスライ&ロビーにチナ・スミス、ウィンストン・ライト、先頃イギリスのレーベルから渋いソロ・アルバムを出したグラッドストン・アンダースンといった面々。リードを取るタビー・ショウの無理のない、なめらかなヴォーカルにひかえめな二人のコーラスがまず気持ちいい。スライ&ロビーらによるバックの音も実にイマの音である。特別これといった目立ったナンバーはないけれど、全体的によくバランスのとれた出来になっており聞いていて気持ちがいい。歌詞の内容について詳しく触れる能力はないが、あいかわらず過激な内容のようだ。マイティ・ダイアモンズに限らず、音のほうはスウィート&メロウであっても詞の内容は過激だというのは別に珍しくもないが、これがレゲエのよさでありまたこわさでもある。とにかく、これから何年か先も「あいかわらず」元気で歌い続けてほしいマイティ・ダイアモンズから届いた久しぶりの便りと受け取っておこう。このレコード、ぼくは大好きだね。

アルバム・レヴュー 高地明(P229)

 万年平社員的だったこのヴォーカル・トリオ、ここ2,3年で急に人気が出たような感もあるが、現地ではヒット曲常備のお茶の間トリオとして長い。その数多いLPの中でこれが特に上出来というわけではないけれど、バック・サウンドの"現在"の重さの中でヴェテランが張り切ります。(評点 8点)

Bob Marley師やCultureやBlack Uhuruのように神格化されることはなかったので その主張に拘らずとも聞くことのできたVocal Group。
‘12 No.18 

 
Fantastic Voyage / Lakeside / 1980年

船乗りのコスプレ。 P-FunkのおむつGuitarist(Garry Shiderさん)やVillage PeopleのGay好みコスプレより恵まれているかも。 コスプレ市長さんからの連想。 

ニューミュージック・マガジン 1981年4月号
アルバム・ピック・アップ 河村要助(P192)

 ソウル・ミュージックなら、P・ファンクに血が騒いでいる。あれはいい。
 そこでちょっとチャンネルを切り換えてこのレイクサイドだ。この手の音楽とさし向いは本当5年ぶり、いや10年ぶりの御無沙汰という気分がある。
(中略)
5人のリズムセクションと一体になった、いわばヴォーカル〜インストルメンタル・グループと呼ばれるべきもので、9人のコンビネーションを売りにしている。しかし、同じオハイオ出身のオハイオ・プレイヤーズとはまた違って、ここではヴォーカル・ワークの魅力と実力のほどが大きく看板に掲げられている、というわけ。加えて9人組であるが故の、演奏面での新しい感覚の盛り込み加減がオーソドックス(?)な良さに止まらない魅力をプラスしている、ということになる。

アルバム・レヴュー 鈴木啓志(P229)

 注目のヴォーカル&インスト・グループ。ポップへ広がっていったEW&Fらと接点を持ちながらも、別の層を感じさせて黒人音楽の奥行きの深さを教えてくれる。ファンキーでソウルフルなグループだ。(評点 8点)

どうも他のGroupとの対比が多いようですが 仲間内の符丁で語り合っているようなもので 引き合いに出されているGroupを知らない人には何のことやら見当もつきません。 今はInternetのおかげで 一般の音楽愛好家もそんな符丁を共有できるようになりましたが 当時はちんぷんかんぷんだったかも。 いずれにせよPrinceの登場に戸惑う黒人音楽愛好家にとって 希望の星だったことは確かです。
‘12 No.17 

 
Sly And Robbie Present TAXI / Sly And Robbie / 1981年
ViceroysやTamlinsを知ったのがこのAlbum。 特にTamlinsのSmiling Faces Sometimesは元々好きな曲だった上 本家Undisputed Truth やTemptationsに伍し得る出来栄えに大感激。

ニューミュージック・マガジン 1984年8月号
アルバム・ピック・アップ 遠藤斗志也(P215)

 60年代末のジャマイカの猛暑が人々のダンスのテンポを鈍らせて生まれたというロックステディ。適度に軽く、適度にナマメカシかったあの音をなぜか思ってしまう、タクシー・プロの軽くホップする音を聴いていると。ロックステディはせわしかったスカをスローダウンさせたが、タクシー・リディムは、重くなり過ぎたレゲエの音に軽いフットワークを取り戻してみせた。
(中略)
 ブラック・ユフルーとのコンビではあれだけ攻撃的で挑発的な音をつくる彼らが、一方ではこんなに見事な、ポップな切り口を見せる。いや実は、彼らの発想のカロみにはむしろこちらの方が向いているのかもしれないと思うくらい。タクシー・レーベルからのシングル・ヒットにはこの手の音が多いのだ。そこが面白いといえば面白い。

「ロックステディ」とか「タクシー・リディム」といった専門用語の語感が 原子力村の「冷温停止状態」とか「事象」という言葉を連想させますね。
私が購入したのはUK盤なので The Bed's Too Big Without Youの替わりに Black UhuruのWorld Is Africaが入っています。
‘12 No.16 

 
バリ島のガムラン音楽 / ブサキBesakih村のガムラン・ゴング他 / 1982年
真摯に音楽道を追求する民族音楽愛好家には申し訳ないのですが あくまで MinimalでAmbientでLoungeな小粋な音空間を我が家にも導入しようという目論み。

ということで 内容については 小泉文夫先生の平易かつ精緻な解説を引用。

ガムラン音楽の構造は、各楽器の持つ特徴にしたがって、速いパッセージから、おそい旋律線をたどるもの、さらにフレーズ構造の枠を示すための楽器といった分業が基礎になっている。それにスリン(笛)の旋律がからみ、ワンダン(太鼓)のリズムが加って、見事な調和と統一された迫力を作り出している。ジャワのガムランと異る大きな特徴は、バリ島では一般に速いテンポ、細かなリズムの刻み、火花のようなパッセージ、急激なダイナミックスの変化、激しくも整然としたアンサンブルなど、その目のさめるような表情にある。しかし同時に、まるで夢を見ているような甘美な陶酔も味うことができる。特に、バリ島のガムランでは大編成のガムラン・ゴングやスマル・プグリガンから、4人の合奏によるグンデル・ワセンにいたるまで、必ずといってよい程、同じ楽器がペアに2台1組となって並べられている。その一方はプギセップpengisepといって、高めに、他方はプグンバンpengumbangといって低めに調律されていて、2人の奏者がユニゾンで演奏すると、そこに美しいウナリが生じて、ヴィブラフォンのような(効?)果をもたらす。これがバリ島の甘美な旋律の一つの秘密である。

残念ながら 私は刺激的な拍子や旋律についつい反応 卒業したはずのScientistDennis BovellのDubの世界に逆戻りし 最終的には禁断のMad Professorにまで手を出す激しいRebound Effectを... MinimalでAmbientでLoungeな小粋な音空間の構築には失敗。 いずれにせよ 民族音楽愛好家には意味不明の無駄話となってしまいました。
‘12 No.15 

 
Torme A New Album / Mel Torme / 1980年
1980年代のMel Torme師の快進撃の発端は 1977年録音のこの辺りにあったようです。

青木啓先生の味わい深い解説より

 メル・トーメの新しいアルバムを聴けるとは、なんとうれしいことだろう。小生などは、トーメがアルバムをつくった、と聞いただけで、もうソワソワしてしまう。おそらく、ご同様の方はきっと多いにちがいないと思う。小生に言わせていただくなら、トーメのつくるアルバムに駄作愚作はない。たとえコマーシャルな企画・内容でも、トーメが歌えばひと味ちがった、すてきなテイストのあるものになっている。全くうれしい人物だ。ところが、このトーメ氏、ライヴ・パフォーマンスが忙しいのか、それとも得心のいく企画になかなか恵まれないのか、どうもレコーディングが少ない。だから近年では"久々の新録音アルバム"てなことになる。
(中略)
 この選曲もすばらしい。スタンダードとなっている「青春の思い出」と「バイ・バイ・ブラックバード」の2曲以外は新しいポップの佳曲であり、そのほとんどはコンテンポラリーなすぐれたシンガー・ソングライターの作品だ。

確かにSide1のAll In Love Is Fair(Steve Wonder), The First Time I Saw Your Face(Ewan McColl), New York State Of Mind(Billy Joel), Stars(Janis Ian)の流れは素晴しいです。 ただ Jazzに精通していない私としては Phil Woodsの熱演を 少々鬱陶しく感じてしまう場面も少し...
‘12 No.14 

 
More Songs About Buildings And Food / Talking Heads / 1978年
たまたま耳にしたTake Me To The Riverに妙に惹かれるものがあり購入。Punk聴き捲りの時期に相当。

ニューミュージック・マガジン 1978年10月号 今月のレコード(P204)
評者 小倉エージ 評点95点

 期待に違わずトーキング・ヘッズは充実した内容を持つセカンド・アルバムを持って登場してきた。それにはどうやらプロデューサーであるブライアン・イーノの力に負うところが大きいような気がする。
 前作と聞き較べてみてよくわかるのは、シンプルでタイトなリズム・セクションを配しそこにアブストラクトなギターを重ねていくといった基本的なスタイルはそのままここでも受け継がれている。が、サウンド面についていえば、よりハードっぽいギターやキーボード、パーカッションを巧みに積み重ねていくことによってその奥行きと深みを増し、より豊かでヴァラエティにとんだサウンド表現を見せているのだ。加えて、デイヴィッド・バイロンの歌もより妖怪変化ぶりを見せていておもしろ味を増している。歌い込みぶりではなく、突き放しぶり、シラケぶりがますます板についてきた感じで、そのハスに構えるところがますます魅力的だ。

悲しいことに 私は小倉氏が絶賛するDavid Byrne氏の独特なHiccup(しゃっくり)唱法が苦手で むしろ題材とした生き物が判然としない不思議な形態模写舞踏の方に関心が向きがちでした。もちろんマルセ太郎師匠の完成度には遠く及びませんが なかなかの健闘振りと一応評価しております...
なお 全く余計なお世話ですが デイヴィッド・バイロン(David Byron)はUriah HeepのVocalistだったと思います。(懐かしい)
‘12 No.13 

 
A New Chapter Of Dub / Aswad / 1982年
P.I.L.の新作を聞くうち 無性に聞きたくなりました。 30年を経過しても色あせない音創りに感服。 Reggae / Dubに止まらぬCD登場前夜 / Vinyl盤の末期を代表する傑作Albumであることを再認識した次第。
この時期 Punk New WaveとともにReggaeの聴き捲りにご執心。 心地良さよりも刺激を求め 一瞬の快楽に身を委ねるという堕落した音楽生活。 当然のことながらある種の依存症に陥って 民族音楽などの蟻地獄に嵌りつつ行き着いたのはDubの奈落ということに。 一枚聴くと より刺激的な音を求める悪循環で何枚も買い漁る羽目に。  今はもう大部分は処分してしまいましたが Vinyl盤の末期のかなりの部分をDubにつぎ込んでしまいました。 まさにアルコール依存症にも比肩しうる状況。

ということで「酒について / キングズレー・エイミス(訳者 吉行淳之介 / 林節男 講談社刊)」に登場するお酒を引用。
(P121)
タイン・ローズ(The Tigne Rose=マルタ島タイン基地の薔薇)
  ジンを微量 ウイスキーを等量 ラム酒を等量 ウォトカを等量 ブランデーを等量
元砲兵少尉T・G・ローゼンから私はこの調合法を聞いたのだが、彼は3杯をやっつけたあと人手を借りずに歩いて自室にもどったが、それからの朦朧とした気分が月曜日の朝の閲兵式まで続いたそうである。
という感じかと。

それに比べれば このAlbumは
(P115)
クイーン・ヴィクトリアズ・ティプル(Queen Victoria's Tipple=ヴィクトリア女王お気に入りの酒)
    1/2 タンブラーのワインの赤 スコッチ
「これは宰相グラッドストンを愕然とさせた処方の酒だった」
という感じか。 やはり万人向けとは言えないのかも。
‘12 No.12 

 
Guitar Man / Bread / 1972年
クイズ番組の回答者に例えると クイズダービーのはらたいらさんや世界不思議発見の黒柳徹子さん。 車に例えると ルマンのポルシェ956やトヨタのレクサス。 さらにオリンピック選手に例えると ナディア・コマネチさんや郭晶晶さん。 はたまた横綱に例えると 大鵬親方や北の湖親方を思わせる完璧さが少々鼻につき 当初は割合覚めた目で見ていたGroupです。 それが我が家に鎮座ましますのは 偏に亀渕御大のお蔭かと存じます。

ニューミュージック・マガジン 1973年1月号 今月のレコード(P173)
評者 亀渕昭信 評点 86点

 現在ある数多くのグループの中でも、このブレッド、ほんと理想的なもののひとつだ。日本ではもうひとつぱっとしないけれど、アメリカでは幅広い層に愛され、ヒット曲が続き、各メンバーそれぞれの技能・才能も素晴らしく、尚かつつ、タイトなチーム・ワークを誇っているブレッド。このニュー・アルバムは、タイトルどおり、彼らの大ヒット「ギター・マン」と続くニュー・ヒット「スウィート・サレンダー」をフィーチュアしたもので、全12曲、いつも通り、2、3のハード・ビートを持ったロック・ナンバーと持ち味を生かしたソフト・ナンバーとで構成されている。リーダー格のデビィッド・ゲイツの作品ばかりでなく、ラリー・ネチェル他のメンバーの作品も収められているが、やはりゲイツの作ったメロディー、詞が光っている。「ポップシクル&アイシクル」以後、作家として、ゲイツは今が最も脂の乗っている時のようだ。それにしても高校の同窓生レオン・ラッセルとはなんと対照的なこと!!

子供の頃 私が好きだった「恋のドライブ・イン(Popsicles And Icicles / Murmaids)」の作者が BreadのDavid Gatesだと気づいた記念すべき瞬間です。 これ以降は のだめカンタービレの千秋先輩や名探偵モンクに接するような温かい気持ちで Breadを遇するようになりました。 それでも このAlbum以外は持っていないのですが...
なおラリー・ネチェルはもちろんLarry Knechtelのことですが この表記は意外に珍しいかも。
‘12 No.11 John Lydon 実はリア充の勝ち組

 
This Is PIL / Public Image Limited / 2012年
 Public Image Limited 20年振りの新作とのこと。
半世紀近くPopsに接していると 様々な復活・再結成劇に遭遇することに。
 暗澹たる思いに苛まれるJan And Dean & Bel Air Bandits / One Summer Night/Live(1982年)
 お祭り気分で楽しめるClifff Richard & Shadows / Reunited(2009年)やTigers / A-Live(1982年)
 矍鑠たる姿に圧倒されたJacques Brel / Brel(1977年)やMachito / And His Salsa Big Band(1983年)
 予想通り ちょっと残念だったRoy Orbison / Laminar Flow(1979年)やDusty Springfield / White Heat(1982年)
などなど 悲喜こもごも。
近年も 軒をAdam Lambertに貸したところ母屋を取られそうになったQueenや無事母国に帰還できるのかが気掛かりなBeach Boysなど色々賑やかです。
 閑話休題。 このAlbumに戻ると 特別 P.I.L.に思い入れはないので 私の捉え方は純粋に大人の鑑賞に堪えうる渋めな21世紀Rockという範疇。 Title曲冒頭のおくびはIggy Pop師のRaw Powerや加藤茶師匠のおぇーを超えるもので かなり評価しています。 またThe Room I Am Inの独白は Doors / Strange DaysのHorse Latitudesを想起。 さらにLollipop Opera は"20世紀のLollipopもの"であるLollipop / Chordettes, My Boy Lollipop / Millie SmallLollipop Lips / Connie FrancisSunshine, Lollipops and Rainbows / Lesley Goreに充分伍し得る"21世紀のLollipopもの"の金字塔となるに違いありません。
 Public Image Limitedの信奉者には まったく意味不明の内容となってしまいました... 引用を用いないとどうもいけません。
‘12 No.10 激しすぎる風貌との落差

 
Rydim Driven / Jimmy Riley / 1981年
 Record店でこのJacketを目にした瞬間 即時購入を決意。 裏面のDataを確認すると Produced By - Robbie Shakespeare & Sly Dunbar For Taxi Productionsの文字が燦然と。 このJacketの風貌と併せ鑑みれば Black Uhuruを上回る刺激的な音空間を味わえるのではと期待した次第。
 早速聴いたところ 風貌に似合わぬ実直なSoul寄りの歌唱を Sly & Robbieが丁寧に支える普遍的且つ高品質の仕上がりに吃驚。  当時は ブラコンと称される化学調味料過多の後味が残る音楽が持て囃されたご時勢。 若干原材料の安全性に不安は残るものの 後味のすっきりした聴了感はなかなかの美味。
 とは云うものの そこはSly & RobbieのPruduce。 My Woman's Love (Impressions), I Wish It Would Rain (Temptations), Everybody Needs Somebody To Love (Solomon Burke), I'm Gonna Make You Love Me (Diana Ross & The Supremes with The Temptations)といったSoul Tuneの調理法には一筋縄でいかぬものがあり 思わずほくそ笑む場面も。
 たまたま Rollingstone誌のWeb Siteで Readers' Poll: Best Beards in Rockという企画を目にして 1. Billy Gibbons(ZZ Top), 2. George Harrison(Beatles), 3. Jerry Garcia(Greatful Dead)と密林度の高い髭面が上位を占めるのを見て 突然このAlbumを思い出してしまいました。 なおこの時期 日本発売のReggaeのAlbumは Jacketをトロピカル・ムード満点のおしゃれなリゾート感覚に満ち溢れたイラストに差し替えられるケースが多々ありました。 このAlbumは記憶にありませんが Reggae Street / Mighty DiamondsやBig Ship / Freddie McGregorなどとともに この方のFeel Free(Put The People First)もそんな仕打ちにあっていたと記憶。
 なお蛇足ながら 息子さんのTarrus Rileyさんも相当むさ苦しいです。
‘12 No.9 感情移入の激しすぎる人

 
TV Eye / Iggy Pop / 1978年
私は TroggsのReg Presley以来 Jim Morrison, Tim Buckley, Roger Chapman, Dino ValenteからDavid JohansenやJohnny Rottenなど いわゆる暴発型Vocalistが好きなのですが その中でも Iggy Pop師にはStooges時代よりかなりの思い入れがあります。

ニューミュージック・マガジン 1978年7月号 今月のレコード(P202)
評者 大貫憲章 評点 87点

 イギー・ポップの初めてのライヴ・アルバムである。そして、これは熱く激しくロックン・ロールしようとする男の叫びなのだ。
 イギー・ポップあるいは彼がかつて率いていたストゥージズに対する人気は、一部では今なお根強く、たとえばイギリスのパンク・ミュージシャンの多くはストゥージズを高く評価し、その作品をレパートリーに加えたりしている。それはすなわち、イギーの作品が狂気的なエネルギーを持っていることによる。
 さて、このアルバムだが、ストゥージズ時代の作品と、「愚者」以降の作品とが入り混ざった選曲で、A4(I Got A Right)はアルバム未収録のオリジナルだ。そして、そのどれもがなんとも形容しがたい混沌としたエネルギーを感じさせ、聴く者を圧倒する。スタジオ録音のものよりは、はるかにリアルな手ごたえがあり、それはいささか乱暴な編集や録音状態の悪さを補って余りあるのだ。

そもそも Iggy Pop師は 録音状態といった瑣末な問題に左右されることのないVocalistであらせられるのではないかと思います。 またお慕い申し上げていた大貫御大から「一部」扱いされたことにほんの少し傷つきました。
‘12 No.8 感情移入の激しすぎる曲

 
Chanson Best Collection 1500 第28集 / Gilbert Becaud / 1978年
価格は一枚1500円だったのでついつい食指が。確か第1集ダミアの「暗い日曜日」も購入した記憶があるのですが 見つかりませんでした。
もちろん 私はChansonにもGilbert Becaudにも詳しい訳ではないので 永田文夫先生の解説を引用。

 ジルベール・ベコーは、自分で作曲してうたうタイプの歌い手ですが、彼のシャンソンの第一の特徴は、やはりジャズの影響を受けていることでしょう。この道の先駆者には、ミレイユやシャルル・トレネらがいます。イヴ・モンタンも、適度にジャズ的な要素を織りこんで成功を収めました。ベコーは、先輩のトレネより、およそ15年おくれて、この世に ― そしてシャンソン界に姿を現しました。といっても、彼のゆき方は、単にシャンソンとジャズを結びつけたのではなく、あくまでもシャンソンの伝統を重んじながら、表現の手段として、ジャズを ― のちにはフォーク・ソングやゴスペルなどを ― 利用したというべきでしょう。何よりも重要なのは、それらのアメリカン・ポップスに見られる、ダイナミズムとファナティシズムの導入です。彼は、シャンソンに、強力なパンチをつけ加え、人々を熱狂させました。「ヒステリーは伝染する。ベコーは、大衆をヒステリーにしてしまった。」などと、攻撃もされましたが、若者たちはベコーを代弁者とみなし、圧倒的な支持を与えたのです。それはやがて1960年代のイエ・イエ時代の到来や、いわゆるフレンチ・ポップスの誕生を予言していたとも申せましょう。

それにしても「ダイナミズムとファナティシズム」とは実に的を射た表現だと思います。ただ私としてはVocalist史上 かなり凶暴な方なのではという印象も。特に「そして今は(Et Maintenant)」は 絶望を表現した花はおそかったや 暴力衝動を発散させるSearch And Destroyや体制に対する怒りをぶつけるOhioや無駄に熱いAlmost Cut My Hairや辻斬りのようなFM東京を凌駕する絶唱で 付いていけない部分も少し。
‘12 No.7 欲求不満の残る曲(その3)

 
Talking Back To The Night / Steve Winwood / 1982年
前作のArc Of A Diverでひと稼ぎした後なので 札びらで頬を叩き豪華な顔ぶれを掻き集めるのではと期待したのですが 前作と似通った仕上がりだったので 少し拍子抜けした記憶が。

ミュージック・マガジン 1982年9月号
アルバム・ピック・アップ 小倉エージ(P180)

 このよさを何と評してよいのか、途方にくれてしまいます。ロキシーの「アヴァロン」以来の快作。
 聞き応えがある、なんていっちゃうと、ドッシリとした重味とか、重厚感があるみたいだけれど、そうではない。軽妙というか、肩に力の入らぬリラックス加減、そのゆるさがなかなかに魅力。

Steely Danの失敗で懲りた小倉エージさんですが ここではArc Of A Diverで評価が定まった後 またも褒めちぎってしまいましたが ちょっと失敗だったかも。 小倉さんは当時の平均的な評価をなさる方なのでついつい取り上げてしまいます。 まあ事故以前の班目原子力安全委員会委員長のような存在かと。

一方 アルバム・レヴュー(P215)の大貫憲章さんは

 3枚目のソロ新作。前作がベストセラーとなって復活したウインウッド。でも彼は昔の彼ならずというとこで、軽めのアダルトなダンス・ミュージックじゃせっかくのヴォーカルがもったいないねえ。勝てば官軍なのかい?

ABCやスクイーズの評点が9点なのに対し 本アルバムの評点は6点。 流石 御大は耳が違います。
私にとっては Dirty MindControversyと破竹の勢いで快進撃を続ける新時代の天才Princeの前では Winwood師も明らかに影の薄い存在に。 などと毒づく割りに CD時代のBack in the High LifeにRoll with Itと聴き続けておりました。(逆に CD時代になってからはPrinceを聴かなくなったのは何故かしらん)
‘12 No.6 欲求不満の残る曲(その2)

 
Today Is The Highway / Eric Andersen / 1965年
Come To My Bedsideを関西フォークの皆さん(中川五郎 / 恋人よベッドのそばにおいで 加藤和彦 / ぼくのそばにおいでよ 岡林信康 / おいでよ僕のベッドに 高石友也 / おいで僕のベッドに)がよく演目に加えていたので 日本ではそれなりに名前が通っていました。私のような若輩者にとっては Bob Dylan, Pete Seeger, Malvina Reynoldsの次ぐらいに位置する方と崇め奉っておりました。

またボブ・ディランの「ノース・カントリー・ブルース」に中川がオリジナルの詞をつけた「受験生ブルース」 という記述をよく目にするのですが 私は Come To My Bedside同様 このAlbumのLooking Glassが基になっているように思います。 もっとも あくまでご本人はDylanを基にしているとおっしゃっていらっしゃいますので 的外れのようですが...

ということで You Tubeで中川五郎さんの受験生ブルースを探したところ 高石友也氏の旋律を用いた歌唱が多いのですね。 いわゆる懐メロ化したフォークをほとんど聞いていなかったので 今日の今日まで知りませんでした。 私は中川五郎さんの「受験生ブルース」のほうが好きだったのですが この柔軟な姿勢は支持します。
いつものように引用で済ますつもりだったのですが 適当なものが見つからず断念。 Blue River以降のEric Andersen Fanには解読不能の内容になってしまったと反省頻り。
‘12 No.5 欲求不満の残る曲

 
Tuff Enuff / Fabulous Thunderbirds / 1986年
Duane EddyやDick DaleのTwangy' Guitarを想起させるJimmie Vaughanに惹かれてついつい入手するはめに。 この時期 評価の定まったPeter GabrielやSteve WinwoodやU2などの大御所はCDにて購入 私にとっての初もの類はVinyl盤で購入していたようです。

アメリカン・ルーツ・ロック Music Magazine増刊
小出斉(P147)

シングルカットされた1(Tuff Enuff)が、文字通りタフなロックンロールなのだが、泥臭さを強く残しながらも、キャッチーな味付けの施されたもの。デイブ・エドマンズのプロデュースによって、ひと皮むけた音になっており、映画に使われたこともあって大ヒット。彼らの名を、テキサスという地方区から全国区へと、一気に押し上げた。

実は私は この如何にもNew Wave風の装飾が施された「Tuff Enuff」が今ひとつ好きになれなかったのです。 現在の「AKB48」にも感じる「ぞんざいな造り」が気に入りませんでした。 甚だ主観的な物言いになりますが Love ScalptureのSabre Dance(剣の舞)以来 このAlbumのProducerであるDave Edmundsという人に胡散臭さを感じていたため 若干警戒心が強くなっていたのかも知れません。2曲目のTell Me以降は 中々渋めの仕上がりなのですが...
‘12 No.4 欲求不満の残る音(その2)

 
Heavy Heart / Carla Bley / 1984年
Jacketの玉蜀黍のような髪の毛で辺りを睥睨し凄みを利かす風貌から 先鋭的な音作りを期待したのですが 随分と聴き易い仕上がり。 どこかに独特の捻りが必ずあるはずと何度も聞き直した記憶が。
とうよう翁もいささか拍子抜けのご様子。

ミュージック・マガジン 1984年5月号
アルバム・レヴュー ジャズ 中村とうよう(P223)

 5月に初来日するカーラpの83年秋の録音。ハイラム・ブロックgなどを加え、前作『艶奏会』以上にポップ。ホーンズがカッチリ編曲されている割にはノビノビとしてエロチックなのはさすがカーラだが、それでも編曲過多な分だけ前作よりスケールが小さい。 (評点 8点)

それにしても 官軍(土佐藩)の赤熊(しゃぐま)のような髪型は Steel PulseのDavid Hindsの煙突ヘアーとともに 80年代を代表する刺激的な髪型です。
存在感ではコシノジュンコ氏を凌駕し 草間彌生氏にも匹敵する迫力を感じます。
‘12 No.3 欲求不満の残る音

 
Laughter / Ian Dury & Blockheads / 1980年
「Wilko JohnsonにDon Cherryが参加」ということで Rock専門家の皆さんの期待は随分と高かったようです。 下世話な付和雷同派の私も"This Album Contains Lyric Content Witch May Be Offensive To Some Members Of The Public"とのシールに思わず反応した次第。

ミュージック・マガジン 1981年3月号
ますます底ナシ沼のイアン・デュリー・スープにもう一度スプーンを 鈴木慶一(P64)
 結論を言えば、イアン・デュリーは底ナシ沼の深みにはまりっぱなしで、前作よりも不良になった訳でもなく、更生もしていないということだ(そう、1年半待たされたワリにネ)。 悪くはないのだが。

アルバム・ピックアップ 中村とうよう(P174)
 この前の「ドゥ・イット・ユアセルフ」があまりにもすばらしい出来だったので、今回のイアン・デュリーのレコードには当然大きな期待が寄せられてきた。だが、とくに「ドゥ・イット・ユアセルフ」でデュリーのイメージを作った人は、今回の新盤には肩すかしを食わされた気がしたり、あるいはガッカリさせられたりするのではと思う。 (中略) ...でも「ドゥ・イット・ユアセルフ」はデュリーとしても少々決めすぎ、出来すぎのアルバムであって、今回の感じがキルバーン&ザ・ハイローヅのころからのデュリーの本来の姿だろう。

アルバム・レヴュー ロック(イギリス) 大貫憲章(P203)
まさに、生きるために音楽しているという切迫した、しかしヘヴィではない生々しさが躍動している。ドン・チェリーの参加も興味深い。(評点 9点)

大御所の皆さんが次々と。 ただどこか歯切れが悪いような印象が。 社会的弱者に対する遠慮か... 当時の私としては 意欲作で密度も濃いのですが あまり面白くなかったとの印象。
‘12 No.2 欲求不満の残るJacket

 
Ohio Players Gold / Ohio Players / 1976年
Ohio Playersというと 官能的なJacketが評判になりましたが 私にとっては 武田久美子さんや渡辺美奈代さんのセミヌード同様 今ひとつ刺激に欠け隔靴掻痒の感は否めません。

解説(越谷政義)より
「スキン・タイト」「ファイアー」そしてレイテスト・ヒット「いかすぜ!クー!」・・・・・・といったベスト・セラーに加えて新作2曲をも収録されているこのオハイオ・プレーヤーズのニュー・アルバムはまさに"ゴールド!"。70年代に入ってファンキー・ソウル・グループとして名声を博し今や名実共にソウル界のナンバー・ワン・グループとして各方面から絶賛されているオハイオ・プレーヤーズの全貌をこの"ゴールド"で完璧に知ることが出来る――
(中略)
 オハイオ・プレーヤーズも1974年、"からっ風の街 / Windy City"イリノイ州はシカゴに本拠地を構えるマーキュリー・レコードに移籍し、より大型化したクリエイティヴな方向性の中からファンキー・ソウル・サウンドを生み出し、それは冒頭で前述したようにあらゆるタイプのコンテンポラリー・ミュージックをクロスオーバーさせより暫(原文通り)新的な姿勢の中で自分達のサウンドを展開していくわけだが、何よりもその中で我々R&B / ソウル・ミュージック・ファンを喜ばせることといえばオハイオ・プレーヤーズのサウンドの基本にはリズム&ブルースがあり、もちろんルーツにもR&Bがあるわけでこのあたりがファンキー・ソウル・バンドでありながらもただ単に今の流れの中に促すだけではなくはっきりと自分達のポリシー、前述したサウンド展開の基本を持っている、といえるわけでそのあたりに15年以上にも及ぶオハイオ・プレーヤーズの地道な努力の跡がうかがえるのだ。

元ローリング・ストーンズ・ファン・クラブ会長"funky Mike"こと越谷政義氏の駆使する「ファンキー・ソウル・サウンド」に「R&B」に「リズム&ブルース」に「ソウル・ミュージック」に「コンテンポラリー・ミュージック」。さらに「ファンキー・ソウル・グループ」と「ファンキー・ソウル・バンド」などの数々の専門用語と思しきカタカナ語。 私のような素人にはその使い分けの尺度がよくわかりません。 何はともあれ Up TempoのSkin Tightにしろ Slow TempoのSweet Sticky Thingにしろ その精緻な音創りは今聞いてもわくわくしてしまいます。
‘12 No.1 これにて打ち止め

 
Sandman / Nilsson / 1976年
邦題は「眠りの精」。 背表紙は「L」が一つ多い「Nillsson」になっています。
帯には「ボトルを抱えた砂男は、おかしなおかしな眠りの精なのです...... 」と。
お酒のせいでしょうか 曾ての美声が随分と損なわれ 嗄れ声になってしまったのが残念です。

ニューミュージック・マガジン 1976年4月号 今月のレコード(P186)
評者 亀渕昭信 評点 93点

こんなに素晴らしいレコードを聴いたのは久しぶりだ。増々、ニルソンが好きになってしまった。アイ・ラヴ・ユー・ムーチョムチョ!!
前のアルバムは、僕にとって少しピントはずれだったので、僕もついに波長が狂って来たのかと思った、けど、今度はピッタリ。
 真面目さとジョークと狂気、そして暖い心根が渾然一体、行間ではなく、溝間からにじみ出て来るのであります。ああ、ニルソン.........!! あなたは、アル中のフランケンシュタイン・アインシュタイン・キング・コングなのだ。あなたは、多分、エンサイクロベディア・ブリタニカには載らないだろうけど、エンサイクロベディア・カメブチ家には、絶対、載る人なのだ。あなたは、ロックとか、ポップスとか、更には音楽なんて枠から、既に、はみ出してしまったのだ、IQ300なのだ。凄い人なのです。
 ヴァン・ダイク・パークスも、もう少しで、小便ちびりそう、ヤッホー!

なんとも独得な語り口調の文体です。 ちょっと付いていけない部分もあります。 嵐山光三郎さんや椎名誠さんや南伸坊さんや渡辺和博といった昭和軽薄体を先取りしたかのような饒舌。
Album自体も少々羽目を外し過ぎたきらいがあり 亀渕氏の文章とともに もう少し抑制の効かせていただきたかったとの思いが。 とは申すものの The Ivy Coverd WallsからThursday Or, Here's Why I Did Not Go To Work Todayの流れは素晴らしいです。
 

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