整理整頓が苦手で放りっぱなしにしていたので アナログレコードが随分集まってしまいました
筋金入りのコレクターではありませんし ビニールの袋も捨ててしまうタイプです 
また デュアル社のオートチェンジャーで聴いていましたので 中身とジャケットが違っていたり なかなか整理が進みません
       

過去に取上げたものはこちらに移しました
                    
毎月何枚かピックアップする予定です

‘11 No.13 実は好き

 
Live At Caesars Palace / Tom Jones / 1971年
この迫力は この時点でPresleyを凌駕し Iggy PopもAxl RoseもEddie Vedderもたじたじです。 ただ 当時の私としては Nat King Cole以上に聴いていたことを秘密にしていました。 1970年代初頭 Rock全盛期にTom Jonesを聞いていることを仲間のRock青年たちに知られれば 鞭打ち・火責め・水責めに遭い 三角帽を被され自己批判の札を首から下げさせられ 市中引廻しの上 磔・獄門にされたかもしれません。 Bobby CaldwellやBoz ScaggsやHall & Oatesまで含めてBlue Eyed Soulと称される方々が African Americanの持つ一種の灰汁を取り除いていらっしゃるのに対し Sir Tom Jonesの場合は Blue Eyed Soulの範疇には収まりきらぬ部分が多々見受けられます。 特に猥雑な腰の動きは チョコボール向井さんか加藤鷹さんに匹敵。

解説より (青木啓)
 待ってました!!と大向うから声が飛んでくるに違いない、これはトム・ジョーンズのニュー・アルバム。しかもライヴ・レコーディング2枚組とあっては、ファンたるものうれしくならずにはいられない。
 トム・ジョーンズのステージが、どれほどエキサイティングな迫力とスリリングな魅力に満ち溢れたすばらしいものであるということは、今さら改めていうまでもあるまい。それは1970年5月から本邦各地で放映されたTV番組「トム・ジョーンズ・ショウ」(原題は"This is Tom Jones"という)で多くの人が知っているはずだ。この「トム・ジョーンズ・ショウ」をみたことによって、私たちはスゴイ、スゴイといわれていたトム・ジョーンズのほんとうの魅力が理解できたのだが、それまであまりトム・ジョーンズに関心のなかったポップ・ファンをも、がぜん熱烈なトム・ジョーンズ党に引きずり込んでしまったのも、この「トム・ジョーンズ・ショウ」だった。

Guitarは もちろんRichie BlackmoreやJimmy Pageの師匠筋にあたるあのBig Jim Sullivanです。
‘11 No.12 やっぱり好き

 
Best 20 / Nat King Cole / 1970年
いわゆるPops小僧が時代の流れでRockを聴き始めたという軟弱な私は 急進的なRock志士たちの天誅に怯えつつ密かに旧来のポピュラー音楽を聞いていた次第。

解説より。(無記名)
...コールの声はベルベット・ボイスと呼ばれているが、彼の多くのレパートリーを聞いても分かるように一曲、一曲に心の中で感じた表現方法を歌の中に充分発揮している。又、彼のレパートリーも、ポピュラー・シンガー中、随一ではないだろうか。ジャズのスタンダード、映画音楽、ラテン、カントリー・アンド・ウェスタン、ミュージカル・ナンバー、シャンソン、そしてヒット・チューン迄。特に他の歌手が余り取り上げないような平凡な歌でも、コールの手にかヽると「水を得た魚」ではないが、生き生きとしてくるから不思議である。一時、盲目の歌手、レイ・チャールズが無名時代に、ナット・キング・コールに魅せられ、同じトリオを結成し、彼の物真似をしていた時代があったそうである。又、グレート・エンタテイナーとしてその名を世界中に広めたサミー・デイビス・ジュニアのタウン・ホール・コンサート、ココナツ・グローブでの実況録音盤にコールの物真似が加えられている。如何に彼の人気が高かったか、この事を見てもお分かりのことと思う。
(中略)
又人種差別の激しいアメリカの中で、キング・コールは人種民族に対してひとつの大きな金字塔を打ち建てたのである。

もちろん ブラック・パワー華やかなりし60年代には Uncle Tom批判もあったとは思いますが その才能が人種を超えて評価されていたと私は解釈しています。 またRay Charles師やSammy Davis Jr.師に限らず Sam Cooke師もNat King Cole尊師の十八番「When I Fall In Love」を丁寧に歌っていることからも この時期 黒人歌手の憧れ・目標であったことは間違いないようです。 それにしてもタバコが美味しそうですね。
‘11 No.11 見込み違い

 
Flex / Lene Lovich / 1980年
同時期の不思議ちゃんの中では 両極のKate BushさんNina Hagenさんの間に挟まれた形で 少し損を。 私は StatelessからNew Toyを挟んでNo - Man's - Landまで聴き続けるなどかなりご執心でしたが 世のRock Fanにはそれ程浸透せず 私の見込み違いということに。 やはり私はBritishの潮流に今ひとつ乗りきれません。
ちゃっきり娘に例えると 中央の春美師匠と思しきKate Bushさんやアコーディオン担当の秋美師匠を彷彿とさせるNina Hagenさんに比べ 取り持ち役の夏美師匠という役回りで 私のような市井のPops中年には一番聴きやすくかったのですが 今ひとつ地味な存在。 三ばか大将(Three Stooges)ならラリー 漫画トリオなら青芝フック さん トリオ・スカイラインなら原田健二さんというところか。

ニューミュージック・マガジン 1980年5月号 今月のレコード
アルバム・ピックアップ 森脇美喜夫(P152)

 そのことが表わしているのは安易な商業性の否定であり、音楽をクリエイトしていくという最も原始的で重要なミュージシャンの姿勢である。60年代ポップス・フィーリングの復活が騒がれる一方で、リーナのように新たな時代に即したポップスを創造しようとしている人がいることをぼくは見逃したくない。このアルバムを貫く不思議な躍動感は新鮮な感性と思考を通して初めて生々しく息づいてくる。一体誰が本当に60年代に帰りたいと思うものか。

何だか難しくて どんな音楽なのか想像できませんね。

一方 アルバムレヴューの大貫御大(P177)は

 多少オバサンっぽいところはあるけど、この人はルックスも歌も個性的かつ魅力的で、いつもその怪鳥の叫びみたいなノド声聴くたびに感心しちゃう。今回も相変わらずのパワフルなヴォーカルを披露してくれるけど、バックの演奏がまた抜群。

御大ならではの「オバサンっぽい」との指摘と「怪鳥の叫び」という表現に感服。流石です。
なお 評点は9点で SpecialsとUndertonesとともに当月の最高点。
‘11 No.10 追悼

 
Hard Nose The Highway / Van Morrison / 1974年
帯とジャケット裏面にペタッと「¥2300」シールが貼ってあるので Album価格が2000円から2300円に値上がりした後 すなわちとうよう翁のご高説を賜った後に購入したようです。

ニューミュージック・マガジン 1973年11月号 今月のレコード(P181)
評者 中村とうよう 評点 95点

 ぼくはやっぱりヴァン・モリスンが好きなのだ。人によっては彼の歌い方に臭味を感じて反発するかもしれない。だがぼくはあの、張りのある粘っこい節まわしはとても魅力的だと思う。彼の歌唱の緻密さ、濃密さは、アルバムを出すたびにエスカレートしてきた。それは歌っている曲がジャズ風だとかソウル的だとかいうことと関係ないヴァン・モリスンの着実な足どりとしてぼくに印象づけられている。だからこの新盤で一部ジャズ風な4ビートが使われているからと言って、ぼくは「アストラル・ウィークス」を思い出したりはしない。そしてタイトル・ナンバー「ハード・ノーズ・ザ・ハイウェイ」がすごく重いリアリティを持っているのが、切実にわかる。この曲だけでない、全体にすごくヘヴィーなアルバムだ。

「ぼく」と「モリスン」の表記が懐かしいです。
「中村とうようさん、自殺か 音楽評論家 日本のロックをささえる」と朝日新聞 2011年7月22日朝刊に。
謹んで哀悼の意を表します。
‘11 No.9 かあちゃんごらんよ

 
ファースト・コンサート / 高石友也 / 1979年
1975年頃 友人から何気なく借りた「関西フォークの歴史 1966-1974(1)URC」に高石友也氏の「のんき節・かあちゃんごらんよ・ちっちゃな箱・戦争の親玉・死んだ女の子・ベトナムの空」が収録されていました。 中川五郎さんの「受験生ブルース」や高田渡さんの「あきらめ節」なども収録されていたのですが あくまで高石氏が主体でした。
その後はTapeに録音して愛聴しておりましたが 「かあちゃんごらんよ」の衝撃から抜け出すことのできなかった私は とうとう音源だけでは満足できず 本Albumを購入することに。

解説より(富澤一誠)
秦(政明氏 音楽舎兼URCレコード社長)は「時は来たれり」と思い、67年4月28日、大阪毎日ホールで<高石友也リサイタル>を企画した。ゲストには、フォーク・クルセダーズ、大塚孝彦、高田恭子、中川五郎などを呼んだ。このリサイタルは大成功で、支持者によってマスコミにも紹介され、高石友也の存在を世の中に広めることができた。このリサイタルの成功により、勢いに乗った支持者たちは、高石事務所、高石後援会(村田拓会長)を中心に「フォークはおれたちのものだ」をスローガンに、第1回フォークキャンプを企画する。それがきっかけとなり、関西フォークは一気に動き始めるのだった。  その意味で、1967年4月28日、大阪毎日ホールで行われた彼のファーストコンサート<高石友也リサイタル>は、関西フォークの”ルーツ”を知るうえでこれほど貴重なライブ・アルバムはない。おそらく、日本フォーク史上に残る貴重盤になることだろう。

「日本フォーク史上に残る貴重盤」なのかは私には判断がつきかねますが 私としてもBeatles / At The Hollywood Bowl同様 ある種の感慨を抱きつつ所謂Vinyl盤時代の発掘ものとして拝聴。
このころの高石氏は ナターシャー・セブンなどの音楽活動よりも 1976年以来ホノルルマラソンに出場するなど アスリートとしての印象が強かったのですが(なんと1981年の日本初の皆生トライアスロン大会に優勝)...
‘11 No.8 R.I.P. Clarence Clemons

 
Darkness On The Edge Of Town / Bruce Springsteen / 1978年
脳梗塞で倒れたClarence Clemonsが2011年6月に69歳でお亡くなり。謹んで哀悼の意を表します。
つい最近 Lady Gagaの最新Album「Born This Way」に参加して 存在感を大いに示してくれたばかりだというのに残念です。 ということで Springsteen師の1stBorn To Runの他に かろうじて残っていたAlbumを引っ張り出してきた次第...

ニューミュージック・マガジン 1978年7月号 今月のレコード (P179)
評者: 中村とうよう 評点: 88点

 待望久しかっただけ、出来ばえに大きな期待が寄せられるのは当然のこと。ましてや、一部では70年代ロックの担い手とさえ目されているスプリングスティーンであれば、なおさらだ。それだけ大きな期待に、このアルバムは充分応えることができるか、という点で、ぼくにはやや疑問がある。正直言って、もうちょっと何かがほしかった、という感想があとに残る。もちろん不出来なアルバムではないのだが、過去3作にくらべて、聞くものに与える衝撃度が小さいのだ。
(中略)
...デビュー以来5年たって、まだ彼は、大物の素質、でありつづけ、いまだに大物そのものにはなれないのか。3年の月日は彼に何の成長をもたらさなかったのだろうか。完成度なんて問題じゃない、という考え方もあるだろうことを承知のうえで言うのだが、このままでは、永遠の未完の大器で終わってしまいはしないか、というとても残念な心配を、ぼくはどうしてもぬぐい去ることができないでいる。

とうよう翁はさすがに冷静沈着 JourneyのInfinityの方が 高評価なのですね。 某君ならBorn To Runで評価が定まったと考え 前作を上回る高得点をつけてしまいそうです。 この時点では まだまだSpringsteenを若輩者として扱うとうよう翁のナベツネ並の頑固・頑迷ぶりが微笑ましい限り。 
‘11 No.7 化学調味料 その2

 
Infinity / Journey / 1978年
LightsやWheel In The SkyなどにおけるSteve Perryの圧倒的な歌唱に衝撃を受けました。 Mickey Thomas(Elvin Bishop / Struttin' My Stuff)以上の驚き。 所謂Blue-eyed soulとは異なる稀代の白人系Rock Voclalistと評価。 同時代のDavid Lee Rothに比べても 若干憂いを帯びているところが好いですね。 さらに 過剰なほどに通った鼻筋に激しく反応したことも否定できません。

ニューミュージック・マガジン 1978年4月号 今月のレコード (P172)
評者: 中村とうよう 評点: 94点

 ジャーニーは、いいグループだ。サンタナ出身のニール・ショーンとグレッグ・ローリーが中心になっているが、いまのサンタナなんかとはくらべものにならないほど、いい。まだまだジャーニーは過小評価されているように思う。
(中略)
...スティーブ・ペリーがどういう人物であるか、ぼくは知らないが、このアルバムで聞く限り、ハード・ロックむきの高い、張りのある声と、ちょっぴりの涙の味と、なかなかのパンチ力をもった、いい歌手だ。
(中略)
 アメリカのハード・ロックは、ジャーニーがこうして着実な活動をしていてくれる限りは健在だ。

さすが 日本Rock界の重鎮とうよう翁は 海を隔てた米国Rock業界の動向についても 気にかけていらっしゃるようです。 翁の 高みから睥睨し愚昧なる大衆を啓蒙するかのような論調・文体が懐かしいですね。
案外体質的には
 「株式会社ミュージック・マガジンの元・取締役会長、代表取締役、武蔵野美術大学客員研究員」のとうよう翁(1932年生)は
 「読売新聞グループ本社代表取締役会長・主筆、読売巨人軍会長」で「旭日大綬章」受勲の渡邉恒雄翁(1926年生)や
 「芥川賞選考委員、参議院議員(1期)、衆議院議員(8期)、環境庁長官、運輸大臣、東京都知事(4期連続)」で「特種大綬景星勲章(台湾)」受勲の石原慎太郎翁(1932年生)と
似かよったところがありそうな気もします。(皆さんの肩書きは面倒だったので Wikipediaから引用)
‘11 No.6 化学調味料の後味は...

 
Part Of The Game / Pablo Cruise / 1979年
同時代のJourneyやBostonに比べると 少し地味だったとの印象が。 荻窪ラーメンで「丸福」と「春木屋」に挟まれた「佐久信」といったところか。 そして心機一転「愛川欽也の探検レストラン」の「突然、バカうま。」路線同様 Bill Schneeの下 山本益博, 糸井重里ならぬAllee Willis, Steve & Mike Porcaro, Victor Feldmanなどの協力で飛躍を目指したAlbumだったのですが...

ニューミュージック・マガジン 1979年12月号 今月のレコード (P202)
評者: 朝妻一郎 評点: 90点

 アース・ウインド&ファイアなどと一緒に仕事をしている作詞家のアリー・ウイルスの全面的な参加を得て作られた曲が、まず(詩がしっかりしているせいか)とてもキッチリと構成されている。これまでの彼らのアルバムに比べて抜群に曲としての完成度が高い。それに、そうした土台がしっかりしているので楽器のアレンジメントも余計なものを一つも必要としないため、見事なまでにシャープでタイトなロックン・ロールにまとめ上げられている。
 『ワールズ・アウェイ』の続編というよりも、むしろ『プレイス・イン・ザ・サン』の密度をより高めた作品、といった方がこのLPを的確に表現している、といえるだろう。あるいは、どこから異論が出るかも知れないがアース・ウィンド&ファイアーから黒人音楽色をとると、こうなるのではないだろうか?とにかくバックとソリッドなハーモニー・ヴォーカルが心地よい、傑作アルバムである。

表題曲からI Want You Tonightの流れが好いですね。 投入されたAllee Willisなど山本益博氏言うところの「中華の三重苦」砂糖・片栗粉・化学調味料も適量かと。 私は世代的には小倉さんや北中さんや天辰さん同様 化学調味料世代なのですが お兄ちゃんたちの影響で妙に耳年増。 ついつい朝妻御大 湯川女史 木崎先生 亀渕さんに共感してしまいます。
‘11 No.5 大連立...

 
TCB / Diana Ross And Supremes With Temptations / 1969年
日本盤 解説より(無記名)

未曽有の豪華TVショーのサウンド・トラック盤!
全米No.1セラー・レコード!

 女性グループの中では最高の出演料と云われるシュープリームスと、男性ボーカル・グループのトップ・スター、テンプテーションズが初めて共演したLP、「テンプテーションズとシュープリームス」が11月に発売されて大変な話題になっていたところへ、この特別番組が登場したわけですから騒然となるのは当然です。
 さて、こうした注目を集めてTCBは9日の夜8時(場所によっては7時)アメリカの三大放送網の一つ、NBCの全国ネットで放映されたのでした。  特設のプラスチック製大ステージ、3回も着替える華麗なファッション、照明、60余名の大オーケストラ、スタジオに招待された熱狂的なファンの人々そして1分のすきもない構成と思わず体が動き出すような楽しさ......と、老いも若きも感動の1時間でした。
 このレコードは、ダイアナ・ロスの踊り「アフリカの幻想」(歌なし)を除いて、このショーのサウンドトラックを余すところなく収録したものです。画面がなくても音だけで充分楽しめるように構成されておりますが、日本でもこのTV番組は、このレコードの発売される44年4月25日前後放映が予定されております。
 尚、このLPは今年(69年)の1月に、全米No.1セラーを記録しております。

とのことですが 私はこのTV番組を見た記憶がありません。
東京12チャンネルのR & B天国辺りで放送したのでしょうか?(そもそも放送されたのか...)
キャンディーズの映像を求めて You Tubeを彷徨っているうち ふと思い出して検索したところ 映像を発見 このAlbumを引張り出して参った次第。
‘11 No.4 自粛...

 
A Live Record / Camel / 1978年
日本盤の解説で 大貫・伊藤の両巨頭が揃い踏み。 私が付け加えることは一切ありません。

大貫憲章師

 キャメル初めてのこの2枚組ライヴ・アルバムは、まさしく"キャメル・ストーリー"と呼ぶにふさわしい内容であり、イギリスの生んだ最もイギリスらしいロック・バンドとしてのキャメルの魅力のすべてを余すところなく伝えてくれるファン待望の秀作である。

...時として、彼らにイージー・リスニング・バンドといったような安直なレッテルを甘受させたが、いやしくもロック・ファンを自認する者ならば、キャメルが商品としてのイージー・リスニングを演奏するだけの職人的なミュージシャン集団ではないということは十分にわかっているはずである。何しろ、彼らが意図的にイージー・リスニングを演奏するのではなく、それがあくまでもひとつの結果にしかすぎないということは、これまでの作品群がハッキリと明示しているし、もちろん、このアルバムにもそれは明らかだ。

伊藤政則師

 キャメル待望のライヴ・アルバムがついに登場した。しかし、それはあまりにも美しく、劇的なファンタジック・サウンドゆえに、今僕はなすすべもなくただじっとその音に身をまかせているだけなのだ...............

 素直な、本当に素直な感想として、僕はこのライヴ・アルバムに激しく感動させられた。しかも、その感動はロックがこれほどまでに美しくあっていいのだろうかという衝撃さに裏付けられたものであり、ライヴ・アルバムが本質的に持つパフォーマンスの再現にあらためて心打たれたというものだった。キャメルはとてつもなく美しい。そして、これからも美しさを保ち続けるだろう。このアルバムを聴いてしまった今の僕に、これ以上の言葉は望めそうにない........!

‘11 No.3 それとなく華美な歌舞音曲を差し控えて...

 
Sing / Beau Brummels / 1968年
こんなご時世なので ついつい華美な歌舞音曲は差し控えてしまいます。 と言っても 永遠の正論を唱えるAC「広告互助会」ジャパンのようなAlbumの持ちあわせはありませんし... ということで かなり地味な扱いを受けていたBeau Brummelsを選択。

ニューミュージック・マガジン 1971年11月号 今月のレコード (P129)
評者: 亀渕昭信 評点: 88点
ベスト・オブ・ボー・ブラメルズ
... 思うに、ボー・ブラメルズは、他のグループと比較してみても、ずば抜けて素晴らしいグループではないし、メンバーの一員であり、グループの作曲者でもあったロン・エリオットにしても、それほどユニークなアイデアを持っていたとは思えない。彼らの魅力は、パイオニアとしての、当時、グツグツ煮たっていたフォーク・ロックの時代を先取りした先駆者としての魅力である。(以下略)

ニューミュージック・マガジン 1971年4月号 ロック・アルバム100選 (P90)
The Best Of Beau Brummels (Vault 114)
 65年1月、デビュー曲「ラーフ・ラーフ」をヒットさせ、一躍注目を浴びたボー・ブラメルズの登場は、まさに新しいアメリカのロックの誕生を告げるものであった。
 64年、サンフランシスコで結成されたこの五人組のグループは、まずビートルズをコピーすることからはじまった。そして次第にコピーの域を脱し、ウェスト・コーストの自由な気風を取り入れたユニークなサウンドを作り出したのである。
 ここに紹介するのは、デビュー当時のレコード会社、オウタムの権利を買い取ったヴォルト社が再編集し発売したもので、「ジャスト・ア・リトル」など、彼らの代表的な初期のヒットが組み入れられている。(小倉)

私の認識も似たようなもので 後年持て囃されたTriangleやBradley's Barnにあまり関心はなく 最初の2枚に入っていた曲の方に親しみが。 この辺りは時系列で聞いてきた人間より 後追い世代の方のほうが 客観的で真っ当な評価が出来るという証しかと。 なおこのAlbumは全部で16曲も入っているお徳用。(1stから8曲 2ndから7曲 そしてGood Time Music) AutumnからVaultを経て流れ着いたPostより発売された悲惨な倒産処分品状態...(Electronically Re-Recorded To Simulate Stereo)
‘11 No.2 圧倒的な支持に逆に戸惑う屈折したRock爺達

 
Cupid & Psyche 85 / Scritti Politti / 1985年
80年代の定番中の定番。 ただし この時点で既に4半世紀近くPopsを聞いてきた耳年増の若年寄としては この味は酸いも甘いも噛み分け馬齢を重ねた親爺しか分かるまいなどと思っていたのですが 意外なことに若年層にもかなり浸透。 それこそ「近頃の若い奴は」などと説教する団塊の世代の親爺と同じような自分自身の意識・発想の硬直化を思い知らされた次第。

ミュージック・マガジン増刊 ミュージックガイドブック88
80年代ロック・アルバム36選 高橋健太郎 (P157)
 ソウル、ファンク、レゲエ、さらにはヒップホップなどの影響を取り入れながら、サンプリングなどのテクノロジーをふんだんに使って、80年代後半の最新型ダンス・ポップを作り上げたのがスクリッティ・ポリティだ。もともとはシンガーのグリーン・ガートサイドがイギリスで作ったグループだが、この85年のアルバムではニューヨークに居を移し、このピッカピッカに磨きあげたサウンドをものにした。グリーンの囁くようなハイ・トーン・ヴォイスも、実にユニークな魅力を放っている。

自分の誤字脱字を棚にあげて 瑣末なことを論って恐縮ですが 1980年代は「今の君」にしろ「一年生」にしろ「ピッカピッカ」ではなくて「ピカピカ」か「ピッカピカ」だったのではと。 カタカナを使い慣れているはずのロック業界なので ちょっと目に付いてしまいました。 なお既に 老獪な聴き手と成り果てた爺としては 時代の魁としての存在意義を誇示していたSongs To Rememberの時とは異なり 正に時代の最先端の位置にあり そろそろ時代に追いつかれてしまいそうな気配を感じたのも事実。 そして1988年にProbvisionを聴いた時には...
‘11 No.1 米国なのに英国? 線引きの必要性は何処に

 
Kimono My House / Sparks / 1974年
英国を中心としたDavid BowieやT.RexなどGlam Rockの狂騒にも飽きて 米国のJim KweskinDan Hicksなどの懐古趣味もそろそろ切り上げて ぼちぼちと斬新な切り口の新人の出現を期待して 色々と物色していた矢先に出会ったのがSparksというところ。

ニューミュージックマガジン 1974年 12月号 今月のレコード (P126)
評者: 大貫憲章 評点: 92点
 10CCやロキシー・ミュージックあたりと並んで、ブリティッシュ・ロック・ファンの関心の的となりつつあるスパークスの、アイランド・レコードからの第一弾、そしてもちろん日本でのデビュー・アルバムがこれ。彼らがもともとはアメリカのグループであったことは事実としては認めざるを得ないところだが、少なくとも、現在の彼らをとりまいているすべてのことは、極めてイギリス風である。ボウイを生み、ロキシーを成功させたイギリスという、いや、ロンドンというフレキシブルでポップな回転の仕方をしている地区こそ、スパークスにふさわしいと、このアルバムを聴いて思わない人はいないだろう。うまいとか下手とかいう判断は当てはまらない。イケてるというわけだ。曲もムードも狙いも、徹底的に愉しくスリルいっぱいで、実によく作られている。十分に味わえる1枚だ。

そもそも Sparksは米国出身という出自の問題点を抱えつつも それを克服し 何とかRockの聖地英国で認められたという論調。 英国Rockの優位性を信じて疑わぬ 英国Rock至上・原理主義というべき狂信的な教義を信奉していた大貫憲章尊師ならではの見方。(テロ行為はなさそうですが) 大好きです。
 

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