整理整頓が苦手で放りっぱなしにしていたので アナログレコードが随分集まってしまいました
筋金入りのコレクターではありませんし ビニールの袋も捨ててしまうタイプです 
また デュアル社のオートチェンジャーで聴いていましたので 中身とジャケットが違っていたり なかなか整理が進みません
       

過去に取上げたものはこちらに移しました
                     
毎月何枚かピックアップする予定です

‘15 No.4 

 
GS / Down Town Boogie Woogie Band / 1976年
CarpentersのNow & ThenをGroup Soundsに置き換えたようなCover集。 ただし いわゆるRevival周期としては少し早すぎた気がします。 それでもダイナマイツの「恋はもうたくさん」が話題になるなど ある程度Group Sounds再評価に繋がった点は評価しております。

ニューミュージック・マガジン 1976年8月号 今月のレコード(P205)
評者 朝妻一郎 評点 87点

 「港のヨーコ」の次に今ヒットしている「裏切者の旅」を出していたら、このダウンタウン・ブギウギ・バンドは、ある意味で日本のビートルズとも言える、恐いものなしの人気スターになっていたかもしれない、と、このところずっと思っている。本当に彼らにはそれに応えるだけのアイデアとセンスが備っており、人気だけにおぼれないガッツというか根性もあるのである。
 だから、この『G・S』アルバムも、単なるアイデア倒れに終わらせず、宇崎が「イエスタデイズ・イエスタデイ」の中で歌っているように、"歌には生命がある......"ということをハッキリと聞く者に思い知らせるだけの説得力を持った、一つの見事なトータル・アルバムに仕立て上げることを可能にしているのである。
 加山雄三のカム・バックといい、こうしたGSナンバーの再登場といい、アメリカの懐古主義的な面が、色々形を変えて、日本にも浸透してきている、という印象もあるのだが、そういったことを別にしても、アルバム・タイトルのアイデアといい、中味といい、"よくやったナ"と、彼らの肩の一つもたたきたくなるのだ。

私は「裏切者の旅」も「イエスタデイズ・イエスタデイ(アルバム収録の自作曲)」も知らなかったので 残念ながら朝妻先生の仰っしゃることはちんぷんかんぷんで全く理解できませんでした。
‘15 No.3 

 
Coming Home / Glen Campbell / 1975年
帯に「テレビ・ラジオのスポットでおなじみのグレン・キャンベルのコカ・コーラの唄を含むベストアルバム」との文言。 5月の来日に合わせた日本編集の支離滅裂なBest盤。 皮肉なことに 一番旬の曲となるはずのRhinestone Cowboyが入っておりません。 Gentle On My Mind, By the Time I Get To Phoenix, Wichita Linemanの外に Both Sides Now, For Once In My Life, Dock Of The Bay, My Way, Homeward Bound, Lovesick Bluesまで入っているのに...逆に妙な選曲が気になり うっかり手にとってしまった所謂中古盤屋さんの段ボール箱からの救済盤です。

解説より(山口弘滋)
...最近のヴォーカル界は、新旧入り乱れて完全な女性上位の時代になっています。男性陣には、有望な新人も登場しないし、まったくもって淋しいかぎりです。ペリー・コモやフランク・シナトラといった大ヴェテランが頑張っても、現在の有望な新人女性歌手の大量登場の波には、抗すべくもないといったところが正直なところです。そうした男性陣不振の現在、どうしても頑張ってほしいと、ひそかに小生が期待しているのが、ジャック・ジョーンズと、本アルバムの主人公グレン・キャンベルなのです。特にグレンは、昨年の初来日で、それまでの彼に対する一部ファンの固定観念をくつがえすような、見事なエンタテインメントを発揮してくれました。つまり、グレン=カントリーといった公式は全く通用しないとどころか、歌手として、エンタテイナーとして、超一流の実力を持った人であることを、彼自身が証明してくれたのです。

このエンタテイナーというのが少々厄介で 当時の洋楽Fanの主流を成していた70年代Rock青年には受け入れられなかったのが残念です。 1976年の「ビューティフル・サンデー」のダニエル・ブーンさんと同等の扱いだったかも... 実はかく言う私も いかにも米国人らしい張りのあるこの歌声は少々不得手なのですが...
‘15 No.2 

 
I Can See Clearly Now / Johnny Nash / 1972年
ごくごく一般的なRock少年だった私は 1972年当時 Reggaeなどという民族音楽を知る由もなく 後追いです。 ご多分に漏れずJimmy Cliff, Bob Marley & The Wailers辺りからReggaeを聞き出したのですが いつの間にかBlack Uhuru, Linton Kwesi Johnson, Scientistなど刺激の強い音に取り憑かれてしまい その時点で聴いた王道を行くJohnny Nashに対する反応は鈍かったと記憶。

ザ・ブルース増刊 レゲエ・ブック 1979年6月より。
レゲエ・アルバム88撰(藤田正 P89)
I Can See Clearly Now / Johnny Nash
 いい歌手だ。原曲よりぐっとテンポを落として「グァヴァ・ジェリー」の、サッとレゲエのリズムに変わるところ、コーラスも加わって、心が揺れる。この前後の「ザッツ・ザ・ウェイ・ゲット・バイ」、「ソー・ナイス・ホワイル・イット・ラステッド」も、彼が一流のソウル・シンガーの才覚をもそなえた人物だということを知らせてくれるソウル・ナンバーだ。声のトーンが高く、歌の線の細い人だが、それだけに、知らず知らずのうちに歌が聞き手にしみ込んでくる。この人はスローでじっくり歌うのが特長で、ミディアムの曲もそのためにフトコロがゆったりと作ってある。彼の大好きなシンガー、ボブ・マーリーとの共作「ユー・ボアド・シュガー・オン・ミー」そして彼の最大のヒット「アイ・キャン・シー・クリアリー・ナウ」もプロデュース(彼自身がやっている)も、曲作りも、歌も、ここに書くのがめんどうなくらいよくて...。72年のレコード。

今は憑き物も落ち 普通に楽しんでおります。
‘15 No.1 

 
色づく街 / 南沙織 / 1973年
アイドルという言葉が浸透したのは映画「アイドルを探せ(Cherchez l'idole)」からだと思いますが 日本のアイドルというと やはり南沙織さんの鮮烈なDebutが印象に残っております。 団塊の世代が憧れたであろう吉永小百合さんや和泉雅子さんや酒井和歌子さんや松原智恵子さんや倍賞千恵子さんや佐藤オリエさんは青春スターという感じがします。 「白馬のルンナ」のせいで多少際物扱いされそうな内藤洋子さんや榊原るみさんや吉沢京子さんに岡崎友紀さん辺りが青春スターとアイドルの分水嶺という感じでしょうか。 竹中労さんとの「処女論争」で名高い小川知子さんや奥村チヨさんや黛ジュンさんや中村晃子さんや奥村チヨさんや山本リンダさん辺りは清楚な印象はなく ちょっと違う感じがします。

はじめての音楽通 CD500枚(1993年 音楽之友社)
(P116)
「アイドル」TVがアイドルを生み出し TVがその時代を終わらせた
時代とともに存在したアイドルが拡散、分散してしまったのはなぜか?
新藤克人

 特に、この三人の中でも南沙織が現在のアイドルの原点だ。まだ日本に復帰する前の沖縄出身で英語も喋る国際派。小麦色の肌、真っ黒なストレート・ヘア、ミニ・スカートからスラリと伸びた足。そんな彼女の姿に、当時の少年達はあこがれを抱いた。デビュー曲は「17才」。それは、彼女自身のイメージをそのまま歌にしたような曲。歌手として曲を歌っているというよりも、彼女自身の魅力をさらに引き立たせるために歌があるという関係。それまでの歌手と曲の関係をくつがえしたのが南沙織と、彼女を取り囲むプロジェクトだった。

この三人とは南沙織さんのほか小柳ルミ子さんと天地真理さん。 "新三人娘"と呼ばれていたと記憶。
恥ずかしながら小生 からりと乾いた曲調の米国風歌謡もさることながら 若干哀愁を帯びたこの「色づく街」や「人恋しくて」も好きです。
‘14 No.19 

 
Social Change / Fania All Stars / 1981年
 私の天敵のGato Barbieriさんが参加している他 Eric GaleさんやDavid Spinozzaさんも加わり Salsaと言うよりはいわゆるFusion。 この時期の私はPunkとReggaeを中心に聞いていたので SalsaはもちろんFusionにも興味がありませんでした。 ただ真っ当な社会人としての嗜みとして 平凡社の百科事典や広辞苑や六法全書や家庭の医学や小林秀雄の本居宣長等と同様の室内装飾品のひとつとして購入。 とは申すもののSteel Pulseが加わっているこのAlbumを選んでしまったところが実に大人気ないと反省しきり。
 Back To My RootsやSamba Pa TiやGato's Tuneなど 至るところでGatoさんが冠二郎さんを思わせる存在感を示し 上品な仕上がりとなることを妨げている点を評価すべきか迷うところです。 Steel PulseはRascalsのBeautiful MorningをCover。 Gatoさんは加わっていないので 軽やかな仕上がり。 Eric GaleさんはUB40の12Barで場違いなSoul風味のGuitarを披露し 独特の風味を醸し出しています。 久々にAlbumそのものに言及しているのは 結構気に入っているということかもしれません。
 ただ このAlbumを Salsa Vs. Fusion Vs. Reggae Vs. Free Jazzという前代未聞の異種格闘技戦として捉えた場合 予想通りアントニオ猪木対モハメド・アリ並みの凡戦ということで Kawaii Vs. Heavy MetalのBABYMETALのような核分裂反応を起こすことは出来ませんでした。 強いて勝者を挙げるなら 冠二郎なGato Barbieriさんということでしょうね。
‘14 No.18 

 
TOKIO / 沢田研二 / 1980年
悲しいことに 行きつくところまで行ってしまいました。 ここまで来ると 次は整形で眼を増やすか 耳を尖らせるか 鼻をピノキオのようにするか 口を耳まで裂けるようにするしかないなどと笑っていたのですが まさかMichael Jackson師が その領域まで到達してしまうことになるとは この時点では予想だにしませんでした。

ミュージック・マガジン 1980年1月号
バカバカしさをマジメに演技する沢田研二 北中正和(P94)
(前略)
 『TOKIO』のプロデューサーであり、作曲家やコンサートの構成・演出家として活躍中の加瀬邦彦、渡辺音楽出版にいてずっと沢田研二のレコーディング・ディレクターをつとめている木崎純久両氏に会って、『TOKIO』制作のいきさつなどの話を聞いた。
木崎 4月頃にうちあわせが始まって、これまでしばらく阿久悠さんと大野克夫さんのコンビで、しっとりと、どろっとした作品をずっとやってきたわけですが、今度はもっと翔んだものをやろうということになって。樹里というお酒の広告の仕事で一緒になったコピーライターの糸井重里さんにも加わってもらって。こういうやり方は初めてなんですが、まずアルバムタイトルを作って、そのタイトルから発生してくる曲名を次に考えようというんで、まず糸井さんにタイトルのアイデアをいろいろ出してもらった。
(中略)
加瀬 「TOKIO」という曲は、糸井さんに散文詩を書いてもらって、それに曲をつけて、穴のあいたところにまた言葉を埋めてもらうという感じで作ったのです。
(中略)
木崎 LPを作っている時に、遠藤賢司がテレビで「東京ワッショイ」をやってるのを見ましたけれど、そのもっとポップなのを作ろうとしていたわけです。われわれは、日本人でありながら外国で育ってきてるような部分があると思うんです。それがふと東京を見た時、見えるのは外国人の見るような東京だと思うんです。それがTOKIOだと。1980年代初めての1月1日のTOKIOと、それだけを考えて。

この後 「恋のバッド・チューニング」でカラー・コンタクトを装着したりしましたが 我が身を切り刻むKing of Popの覚悟はなかったため 瞬く間に凋落の一途を辿ることに。
‘14 No.17 

 
Nouveles Vagues / Moon Riders / 1978年
〇〇教会にしろ 〇〇の科学にしろ 〇〇学会にしろ ウィーン少年合唱団にしろ ジャニーズにしろ 宝塚にしろ AKBにしろ Beach Boysにしろ Beatlesにしろ E.YAZAWAにしろ 村上春樹ノーベル文学賞候補作家にしろ Steve Jobsアップル社元会長にしろ 熱烈な信者の方がいらっしゃるので 迂闊なことは申せません。 規模は小さいものの はっぴいえんどや山下達郎さん同様 ムーンライダーズにもそんな傾向が少しあるような気がするので いつものように引用で対応。

ニューミュージック・マガジン 1979年2月号 今月のレコード(P178)
評者 北中正和 評点92点

 ムーンライダーズは、おそろしくアイデアのあるグループである。『イスタンブール・マンボ』の後に国内では庄野真代の歌がヒットしたし、クィーンはニュー・アルバムでムーンライダーズのコピーみたいなことをやっている。ただ、時々アイデアだけがひとり歩きして、裏通りに紛れ込んでしまって道を見失ってしまうようなことがおこる。仕方がないので、こっちからわざわざ出向いて行って、なぜ彼らが道に迷ってしまったのかを推量し、姿を探さなければならない。

洋物はともかく 和物に関する限り 北中氏の洞察力に感服です。 ただ私はそこまで和物に対する思い入れはないので こちらから出向くことはしませんでした。 先進的ではありますが 関西フォークやめんたいロックのような切迫感や過剰感はなく 平衡感覚に優れ如何にも都会的で洗練されているところが 悪食の私には少し物足りなかったのかもしれません。 
‘14 No.16 

 
Prado In Japan / Perez Prado And His Orchestra / 1973年
1960年3月の2度目の来日公演。再発もの。

解説(坂口紀三和)より

たびたびの来日で、もうすっかりおなじみになってしまったペレス・プラード。彼自身、日本を深く愛しており、私たちと彼の心は、マンボを通して固く結ばれています。
 彼のコンサートの楽しさはすでにご承知の方も多いことと思いますが、マンボの歯切れのよさは、やはり満員の聴衆を前にしたときには一段と冴えを見せ、快い興奮で私たちを包んでくれます。その意味で、このライブ・アルバムは、コンサートの雰囲気を伝えるものとして、ファンの間で長い間再発が待ち望まれていました。

私の世代に喩えると GFRの嵐の後楽園のような盛り上がり。英国やスペインやポルトガルやフランスのように侵略した植民地はなくとも 日本人は中南米音楽を愛でる心の豊かさがあったということでしょうか?
また海外で好まれる日本の楽曲と言えばSukiyakiSolon Bushi北國之春などが一般的なのですが Perez Pradoはサクラ・サクラと浜千鳥を披露。さらに知日派ということで Prado Fanであらせられた島津貴子さんの結婚を祝したプリンセス・スガという曲まで収録。
‘14 No.15 

 
The Three Degrees & MFSB Show / Three Degrees & MFSB / 1974年
基本的にA面がThree DegreesでB面がMFSBという構成。お目当てはキャラメル・ママのミッドナイト・トレインと天使のささやき(日本語)というところか。

解説より(無記名)

ススリー・ディグリーズ、日本の全音楽ファンのスーパー・アイドルとなる。(原文通り)

 今年1月にスリー・ディグリーズのデビュー・シングル、「荒野のならず者」が発売された。この曲はオージェイズの「裏切り者のテーマ」、スティービー・ワンダーの「迷信」そしてロバータ・フラックの「やさしく歌って」に続いて一連のソウルのヒット曲としては誠に意義深いシングル・レコードであった。
この後、第三回東京音楽祭の金賞受賞曲「天使のささやき」そして「ソウル・トレインのテーマ」、「愛はメッセージ」と大ヒット曲をたて続けに放ち、最新作で日本の洋楽初の日本録音「ミッドナイト・トレイン」も爆発的な話題を集めている。
さて最後にMFSBのことも少し紹介しておこう。
このMFSBというオーケストラは、スリー・ディグリーズを初め、オージェイズ、ビリー・ポール、ハロルド・メルヴィン&ブルー・ノーツ等のバック全てを受け持つ、文字通りフィラデルフィア・サウンドの蔭の立役者である。MFSBはMother Fother Sister Brotherの略で、フィラデルフィア・サウンドの音楽姿勢を明確に表わしている。すなわちブラザリー・ラヴ(兄弟愛)に満ちた音楽、それがフィラデルフィア・サウンドなのだから。

「ススリー・ディグリーズ」は誤植だと思いますが もしかすると「天使のささやき」の吐息を「啜る」に喩えたのかも?「東京音楽祭」や「にがい涙」の印象が強すぎて ついついルネくんやノーランズはもちろん 世界歌謡祭のヘドバとダビデや謎のディスコものと言うべきドゥーリーズやアラベスクやジンギスカンと同じような扱いを受けることがありますが Labelleと同等の由緒正しいGirl Groupです。
‘14 No.14 

 
Himno Al Sol / Cristina Y Hugo / 1976年
もともと フォルクローレなる民族音楽は Simon & Garfunkel経由でLos Incasを知った他 Atahualpa YupanquiやMercedes SosaにUna Ramosなどを聞きかじる程度の きわめて平均的な日本人聴衆です。 そしてこのご夫婦の場合は NHK『世界の音楽』か何かで眼にし フォルクローレ云々よりもCristinaの歌唱に興味をもったというのが本音。

解説より(高場将美)

 クリスティーナのソプラノの素晴らしい声は、ますます磨かれ、成熟をものがたっています。実際の彼女はたいへん知的な女性ですが、その歌は冷たい才女ぶりをみせず、あたたかい女らしさにあふれています。こまやかな感情表現をするのはむずかしいソプラノの声をもちながら、これほどじっくりと訴えてくるのは、クリスティーナの感受性のゆたかさ以外の何ものでもないでしょう。
 他からうらやましがられるほどクリスティーナに愛されているご主人のウーゴは、いつもクリスティーナを陰から支えて、息のあったところを見せています。このバランスのとれ方は実にうまくいっており、やはり夫婦でないと、こうはいきません。
 クリスティーナとウーゴの若い意欲にみちた、広いレパートリーをどうぞ心ゆくまで味わってください。

Graciela Susanaさんのお姉さんとのことなので Graciela Susanaさんも もともとはタンゴの人というよりフォルクローレの人だったのかも。
‘14 No.13 

 
Good Thing Going / Sugar Minott / 1982年
英国RCA盤ではなくて これは米国Heartbeat盤だと思います。(Jacket Made In Canadaとなっていますが...)
日本盤はお洒落に変身して1983年にCBSソニーより登場。 謳い文句は「カルビアン・ミュージックを代表する名盤」「スイート&ビターの魅力あふれる傑作アルバム」とのこと。

ミュージック・マガジン 1983年7月号
  アルバム・ピック・アップ 土山和敏(P199)
 もともとイギリスのRCAから81年に発売され、シュガー・マイノットの人気を決定づけたと言ってもいいようなアルバムだ。原題はヒット曲そのままの"Good Thing"だったのだが、日本盤は何を考え違いしたのか、夏に向けてのセールスを意識しすぎの『ウォーキング・オン・ザ・ビーチ』なんてチンケなタイトルが付いている。ジャケットのほうも英盤の慣れ親しんだ「ひょうきんマイノット」でなくなってしまったのは悲しい。あの歯抜けジャケット写真がよかったのに。どこの世界に歯抜けでポーズをとる人気歌手がいるだろうか。

CBSソニーとしては 少し前にセシリオ&カポノやカラパナといったハワイアン・サーフ・ロックで成功した手法をもう一度ということでしょうね。 筋金入りラテン愛好家が業界内に隠然たる勢力を持つと思われる日本の洋楽業界では どうしてもこのような売り込み手法に頼ってしまうのでしょう。
もともと日本では タンゴ・ルンバ・マンボ・チャチャチャ・ドドンパ(和製)・シャロック(和製?)・ブーガルー・スカ・ボサノバ・タムレ・アメリアッチ・サンバにサルサやランバダなどなどラテンリズムものは大繁盛。 演者としてもザビア・クガートやペレス・プラドやトリオ ・ロス・ パンチョスにナット・キング・コールなどが大活躍。 いわゆるフォルクローレ路線でもロス・インカスにウニャ・ラモスにクリスティーナとウーゴが存在感を示しておりました。(全てカタカナ表記としました)
‘14 No.12 

 
Flying High Together / Smokey Robinson & Miracles / 1972年
1972年 Smokey Robinson師在籍のLast Album。 ご承知のように Robinson師はここで一旦は歌手としての活動は引退ということになりましたが 翌1973年にSoloで復活ということに。 幸い独立に際し 日本のジャガーズやキャロルやチェッカーズのような軋轢を生じることはなく 取り残された形のMiraclesの方も Do It BabyやDon't Cha Love ItからLove Machine (Part 1)と着実に活動を持続。
 
解説より(桜井ユタカ)

 スモーキー・ロビンソンは現在32才。じつは、グループをやめることは2年前の、1970年ごろから考えていたことだったのです。
 2年間じっくり下準備して、この6月に正式に引退したわけです。
 なぜ2年も前に決心したかという質問にスモーキーはこんな風に答えています。
 "ヘイ、ぼくは来週やめるから、後をたのむぜ......"じゃ、残されたメンバーが困ってしまうからね。だからみんなにも、2年前に今日のことは言っておいたのさ!!
 その間に、自分の後釜を探して、新しいミラクルズとして活動を開始出来るように、と考えたわけです。スモーキーらしい、じつにスマートなやり方です。
 こうして、円満に引退したスモーキー・ロビンソンの最後のニューヨーク公演は、去る6月23日「ザ・ガーデン」という劇場で行われました。
 これを最後に、スモーキーはもうステージにたつことはないようです。またレコーディングの方も完全にやめるようです。ファンとしてはとても残念ですが、これからは、プロデューサー、ソング・ライター、そしてモータウン・レコードの副社長のひとりとしての精力的な活動に注目することにしましょう。

この用意周到な手のひら返しの復活劇と比べると 笠置シズ子さんやザ・ピーナッツや西田佐知子さんやちあきなおみさんや山口百恵さんなどの徹底ぶりは賞賛に値します。 女性ばかりを挙げましたが キャンディーズや都はるみさんをはじめ 復活する女性も多いので 当方に性差別的な意図はないことはお察し下さい。
‘14 No.11 

 
More Gregory / Gregory Isaacs / 1981年
 1980年代に入ってからは 私の場合 Pops耳で聞いていたPrinceを除けば Rick JamesBobby WomackぐらいしかいわゆるSoul/R&BのVocalistは聞いていませんでした。 何故か 当時巷間を賑わせていたLionel Richie, Jeffrey Osborne, Freddie Jackson辺りから Bobby Brownに至る「ブラコン」にはあまり食指が動かなかったようです。 
 私にかぎらず この時期 いまひとつおしゃれで耳当たりの良い「ブラコン」の潮流に乗りきれなかったSoul/R&B難民は 東南アジアやインド・パキスタンを経て 中南米や中近東からアフリカまでを徘徊。 そんな中 私の場合はReggaeに一筋の光明を見出したということに。 今思えば いわゆるWorld Musicに関心が集まったのは「ブラコン」の流行に対する反作用だったのかもしれません。 セネガルのYoussou N'Dour, パキスタンのNusrat Fateh Ali Khan,トルコのUmit Takcan, アルジェリアのCheb Khaled, インドのRamnad Krishnan, スペインのAntonio Mairenaといった卓越したVocalistに出会えたのも 「ブラコン」の皆さんのおかげということかも。
 ただGregory Isaacsの場合はBob Marleyはもちろん Dennis BrownやFreddie McGregorともやや異なり 私の中ではBilly Eckstine, Nat King Cole,Johnny HartmanといったAfrican AmericanのCroonerを思わせる流麗な節回しと丹精込めた丁寧な歌唱に惹かれた形。 このAlbumでも十八番の哀愁漂うConfirm ReservationやHush DarlingにIf I Don't Have You辺りにはその手に乗るかと思いつつもついつい嵌ってしまいます。
‘14 No.10 

 
The Phosphorescent Rat / Hot Tuna / 1973年
第4作。 移り気の私としては珍しく よりによって4作続けての購入。 Psychedelicの残り香を求める追慕の念のなせる技でしょうか。
 それはともかく 2014年現在 JormとJackは現役で演奏活動を継続中の模様。 当方は 基本的にその折々の旬の音楽を聞いているので 今現在の彼らにそれ程の恋慕の情を抱いているわけではありませんが 音楽業界の低迷の中 生活の糧としての営業活動を否定するつもりはありません。
 それでもHot Tunaの場合は 演奏機材が軽装備なので興行条件には恵まれていると言えそうですが 老境にある重装備のArena RockやHeavy MetalやProgressive Rockの懐メロ興行の場合は どうしても活動の場が制限されてしまうことを危惧しております。 その意味ではRingo Starr & His All-Starr BandやThe Rock & Roll Hall Of Fameといった「昔の名前で出ています」型互助会の活動にも博愛の精神で接しているつもりです。
 翻って 日本の場合は Record会社やオリコンチャートがDigital配信に対する対応が遅れ気味で 今だにCD販売に固執している状態であり Artistの自己表現の場が逆に損なわれているような感じも否めません。 機を見るに敏なMadonnaやRolling StonesやPaul McCartneyは 明らかにAlbum販売より興行収入確保に注力しているようです。 その意味では 「夢グループの歌謡ショー」には若干の違和感もありますが 実に理にかなった営業活動と言えそうです。
 著作権侵害の違法Upload潰しに躍起になっていらっしゃる業界の皆さんですが 逆に集客効果を狙ってYou Tubeやニコニコ動画にLiveやDinner Showの映像を積極的にUploadしてみては如何でしょう。
‘14 No.9 

 
Tear It Up / Black Uhuru / 1982年
欧州巡業の実況録音盤で 当方としては安直にBest盤的感覚で購入した次第。 ところが案に相違して 遊びの全くない真剣勝負を挑む真摯な姿勢に Reggae聴衆の中でも特にいい加減な聴き手の私は たじたじとなってしまいました。

ミュージック・マガジン 1982年7月号
  アルバム・ピック・アップ 遠藤斗志也(P217)
 ブラック・ユフル―は、おそらく現在最高のジャマイカン・レゲエ・グループだろう。ジャマイカの連中はよく、自分たちの音楽を指してルーツ・ロックと言うが、レゲエの凄さはやはり、一方に彼らのように強力な求心性をもってシーンをシャンティ・タウンの原風景へと引き寄せるグループがいることだと思う。生まれた場所(ゲットー)と行きつくべき場所(アフリカ)を結ぶ、揺るぐことのない構図――ルーツ・ロック。少し前ならば、カルチャーがルーツ・ロックの中核として遠くイギリスのファンまでを惹きつけたが、今はこのブラック・ユフル―だ。カルチャーが土の匂い一杯にカラリと乾いた音を伴って登場したのに対し、ブラック・ユフル―の音にはゲットーの最底辺を這うような暗さがある。
(中略)
 B面後半はスライ&ロビーの独壇場(原文通り)。ロビーのダイナミックなベースの進行とバランスを保ちながら、ヘヴィなビートを駆動するスライのドラム・ワーク。シンドラの使用も、スタジオ録音に比べるとかなり控えている。ブラック・ユフル―の強固な個性に基づく主張、いや警告の強力性を支えるのは、タイトル通り、全てを引き裂くこの暴力的なリズムなのである。

Black Uhuruに負けず劣らず 評論も最高品質。 温和怜悧な人柄が 文章表現からもうかがわれるように思います。 感服です!! さすがは遠藤斗志也教授(現在は京都産業大学 総合生命科学部)。 教えられることばかりで 私ごときが一言足りとも加筆する余地は全くありません。
‘14 No.8 

 
Simple Sly Man / Sly Dunbar / 1978年
 古今東西 Jazzの世界ではGene Krupa, Buddy Rich, Mel Lewis, Art Blakey, Tony Williams, Jack DeJohnetteなどなど Drummerが楽団を率いる事がよくありました。 日本でも「ジョージ川口とビッグ・フォア」「白木秀雄クインテット」「フランキー堺とシティ・スリッカーズ」「ハナ肇とクレージーキャッツ」などがありました。 GSの「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」「スパイダース(田邊昭知)」「ジャガーズ(宮ユキオ)」などもその名残でしょう。
 一方 Rock業界ではKeith Moon, John Bonhamといった楽団の花形奏者こそ輩出したものの 楽団を率いていたのはGinger Baker(Air Force), Stomu Yamashta(Go), Levon Helm(RCO All Stars), Ringo Starr(His All-Starr Band), Charlie Watts(Quintet)などが目につく程度で あとはPhil Collins, Sheila E.などのSolo活動位しか思い浮かびません。
 特に日本では 通人達の間で細分化されたGenreでの技者や職人芸を持て囃されるSession Musicianの方が取り沙汰されることが多い状況が続きました。  ただ 日本には 石原裕次郎「嵐を呼ぶ男」以来の歌うドラマーという芸が土着文化として定着 植田芳暁さん(ワイルド・ワンズ), アイ高野さん(カーナビーツ), リューベンさん(&カンパニー), 笠浩二さん(C-C-B), 高橋幸宏さん(YMO), 稲垣潤一さん(失礼 こちらはEaglesの影響か), 森高千里さん(失礼 こちらはKaren Carpenterの影響か)など煌星のごとく群雄割拠 枚挙に暇がないほどです。
 そんな中 1980年にSinsemilla / Black Uhuruで異次元のRhythm Section"Sly And Robbie"に遭遇し その虜となってしまいました。 このAlbumではSide2のSun Is Shining(Bob Marley), A Who Say, Nigger Whitie(Sly & Family Stone), Dance And Shake Your Tambourine(Universal Robot Band)の流れに激しく反応。
‘14 No.7 

 
Crowded House / Crowded House / 1987年
前身のSplit Enz / Mental Notesに引き続き Album Coverに惹かれて いわゆる「ジャケ買い」。 Split Enzの時は風貌にそぐわぬ良質のPopsだったので その落差に衝撃を受けましたが Crowded Houseに関しては そもそも新奇性は認められず 学習済みということもあり 衝撃はありませんでした。

解説より(中川五郎)

 クラウデッド・ハウスの音楽をビートルズと比較して語る人は多い。確かにところどころでビートルズのフレイバーを感じさせるにせよ、彼らの音楽はもっとアメリカ的なものを伝えているのではないだろうか。特にSide1(T.NO.1-5)の曲の多くに強く漂うアーシーな感覚など、妙にあのザ・バンドに通じるものがあったりする。具体的な音はクラウデッド・ハウスの方が格段ポップで洗練されているのだが、そのアプローチの方法やアメリカン・ミュージックへの思い入れなど、国も世代も違うふたつのバンドに共通する何かを感じ取ってしまう。ザ・バンドがカナダからアメリカに迫ったように、クラウデッド・ハウスはニュージーランドやオーストラリアからアメリカに迫った。ちょっと大袈裟になるが、そんな印象すら受けるのである。

なかなか感慨深い文章です。 1987年ということは BeatlesのLove Me Do発売(1962年)から四半世紀経過 The BandのMusic From Big Pink発売から19年経過してなお 両者が引き合いに出されているのですから...
岡林信康さん 小田和正さん 泉谷しげるさん 井上陽水さん 財津和夫さん 谷村新司さん 武田鉄矢さん 南こうせつさん 矢沢永吉さん そしてお亡くなりの加藤和彦さん 大瀧詠一さんはじめ 中川五郎さんが属する「団塊の世代」より私は少し若いので Cool For CatsのSqueeze(1979年)を思い浮かべました。
‘14 No.6 

 
Especially For You / Smithereens / 1986年
 外連味のない潔い演奏が好感触。 ただBritish Invention以来 Glam RockにPunk Rockと原点回帰運動を既に体験している年寄りなので それほどの衝撃は受けません。 この辺りが原体験が古すぎるが故の悲劇ということでしょう。 ついつい過去の体験と照らし合わせ 分類整理して解釈したつもりになって安心し 脳の奥の方に格納してしまうようです。
 思い起こせば British inventionsの頃 米国勢も決して手を拱いていたわけではなく Beach BoysやByrdsやMonkeesを筆頭にDino, Desi & Billy(1965), Gary Lewis & The Playboys(1965), McCoys(1965), Outsiders(1966), Shadows Of Knight(1966), ? & The Mysterians(1966)などが台頭。
 さらに British Inventionものが廃れ Psychedelicものが隆盛になっても Grass Roots(1967), Blues Magoos(1967), Frost(1969)辺りがBritish Invention風味をそれなりに醸し出し頑張っていました。
 そして Weat CoastやSouthern Rock さらにArena Rock華やかなりし頃も 細々とFlamin' GrooviesやらBrownsville Stationなどが辛うじて生き長らえ Punk・New Waveの時代 あのMy Sharonaを筆頭に この手の潔いBandが一気に息を吹き返したのでしたね。
 その後 R.E.M.Soul Asylumと一緒にCollege Rockとやらで登場してきたのが このSmithereensという位置付けを私はしております。(年を経る毎に Movementの規模や勢いが減退しつつあるようですが...)
 この揺り戻し原点回帰現象は Offspring, Bad Religion, Green DayなどのPunksや White Stripes, Strokes, Von Bondies, Black KeysなどのGarage系に引き継がれているようです。 American Idiotの妙な達成感やWhite Stripesの解散が若干気掛かりですが...
‘14 No.5 

 
Armageddon / Ranking Joe / 1982年
子供の頃は
 「なべちゃんたらぎっちょんちょんで ぱいのぱいのぱい(東京節)」
 「じんじろげや じんじろげ どれ どんがらがった ほーれつらっぱのつーれつ(じんじろげ)」
 「すいすい すーだららった すらすら すいすいすい(スーダラ節)」
 「ほんだらだ ほんだらだ ほんだらほだらだ ほぉいほい(ホンダラ行進曲)」
といった意味のよくわからぬ呪文のような音節の連なる語感が大好きでした。
洋ものでも
 「Sala-Gadoola-Menchicka-Boo-La Bibbidi-Bobbidi-Boo(Bibidi-Babidi-Boo)」
 「Day-o Day-o Daylight Come And Me Wan Go Home(Banana Boat Song)」
 「Shule Shule Shule-A-Roo Shule-A-Rak-Shak Shule-A-Ba-Ba-Coo(Gone The Rainbow)」
など馴染み深いものが多数。

従って ReggaeのDJものも 意味はわからないながらも その語感に激しく反応してしまいました。 「おぅ かわたない くぉたない(Oh What A Night)」に「かみせ みゅじかろんしゃんりぃぶ(Music Alone Shall Live)」など延々と続くDJ Toastingは実に刺激的です。
例によってReggae界の聖典「ザ・ブルース増刊 レゲエ・ブック」を紐解くと Ranking Joe(ランキング・ジョー)は
 「ごく平均的なDJでこれからが勝負という感じである」(P189)
と評されておりました。
‘14 No.4 

 
African Dub / All-Mighty Chapter Three / 1978年
Dubの名盤として 70年代より定評のあるAlbum。 「どぅわわぁあん ずどどおぉぉん ずだだぁあん」「つったか つったか つったかたわぁぁん」「ぴよよょょよおん」「しゅわしゅわしゅわ ざわざわざわぁん」「つぴつぴつぴ わわわゎわあんわん」「ぶくぶくぶく ぴんぽぉぉん」と随所に鏤められた刺激的な効果音に激しく反応してしまいました。

ザ・ブルース増刊 レゲエ・ブック 1979年6月より。
(背表紙にはMayとなっていますが Reggae Fanは細かいことは気にしません)
レゲエ・アルバム88撰(高地明 P107)

Joe Gibbs & The Professionals / African Dub Chapter 3

 ジャマイカの2大レコード店、ランディズとジョー・ギブスのうち、プロデューサーでもあるジョー・ギブスの店でのベスト・セラーは、『アフリカン・ダブ』のシリーズであるという。その第3集であるこの『チャプター3』はジャマイカでも昨年発売され、やはり売れている。単なるコケオドシにしか聞こえない時もあったダブも、昨年あたりは優れたものが多く出され、『アフリカン・ダブ』もこの3集になって最高調となった。(最高潮あるいは絶好調のことかと思いますが Reggae Fanは細かいことは気にしません)ダブ・アルバムを代表する1枚と言えるだろう。ジョー・ギブスとエロール・トンプスンのコンビ、マイティ・トゥーがガッシリと結束し、リヴォリューショナリーズが応えたこれは、まさにドラマの世界である。エコー/リヴァーブの多用と不意の効果音の破裂は、なじむまでの時間を必要とするかもしれないが、このスリルの連続は実にイマジネイティヴで、おもしろい。ダブを聞いてレゲエのイメージを徹底的に破壊すべきである。

The Professionalsとリヴォリューショナリーズの関係についての言及はありませんが Reggae Fanは細かいことは気にしません。
主旋律は破壊されることなく保持されていますので とても聴きやすいDub Albumと言えましょう。
‘14 No.3 

 
Pass The Chicken & Listen / Everly Brothers / 1972年
Chet AtkinsのProduce。 John SebastianやDelaney & BonnieにCrosby & Nashなどが大挙して押しかけた前作Stories We Could Tellが一部好事家のRock Fanの間で話題になり 私もあまり縁のなかったEverly Brothersに関心を抱いた次第。 Simon & GarfunkelがCoverしていたBye Bye LoveやWake Up Little Susieという楽曲が不得手だったこともあり 今ひとつ耳を傾ける気が起こらなかったというのが正直なところ。

ニューミュージック・マガジン 1973年3月号 今月のレコード(P167)
評者 湯川れい子 評点85点

...約8年ぶりで古巣のナッシュビルに帰ったのに、これはないでしょ。借りてきたネコみたいにおとなしくて、昔なつかしいブードロウ&フェリス・ブライアントのナンバーをやったりしてるのに、まるでチェット・アトキンスと同じ年になっちゃったみたい。もっと大きな口あけて、力いっぱい唄って欲しかった。私はイヤだ、こんな爺くさいエヴァリーは。

確かに湯川れい子先生は若々しいです。 多分目元の微調整もお済みになり 気力が充実していらっしゃった時期だと思います。
苦言を呈されていらっしゃる割には 点数が高めなのが楽しいです。
一方 木崎義二先生は解説で

前作のウェスト・コーストのミュージシャンをバックにしたアルバムと今回のアルバムに大きな差があるだろうか。いや、ない。エヴァリーたちが長年かかって築きあげたサウンドに彼らが合わせたように、エヴァリーの存在は1段階上なのである。つまり、現ナッシュビルのスタジオ・ミュージシャンやウェスト・コーストのスタジオ・ミュージシャンが今作ろうとしている音楽の基盤は、既に何年も前にエヴァリー兄弟が作りあげつつあった、といっても、あながち、まったくの的はずれではあるまい。

私の好きなEverly BrothersはAll I HaveTo Do Is DreamやCathy's ClownやDevoted To Youなので 豪華絢爛なGuest陣に注目が集まりがちな前作より 穏やかな本作の方が楽しめました。
‘14 No.2 

 
Now He Sings, Now He Sobs / Chick Corea / 1972年
ありていに申さば Jazz耳で聞けば Return To Foreverの頃よりもしっくりきます。
本当はかなり気に入っていましたが とても厳しい見方をなさる方がいらっしゃるので その影響で控えめな表現に。

ブラック・ミュージックとしてのジャズ 中村とうよう
1978年 12月増刊号 ニューミュージック・マガジン社
(P82)
不可解なチック・コリア・ブーム『コンフィデンス』73年3月5日号
(前略)
 チック・コリアのピアノ・ソロのデビュー・レコード『ナウ・ヒー・シングス、ナウ・ヒー・ソブス』(ソリッド・ステイト)が出たのは69年のことだったが、そのときもかなり評判になった。しかしぼくは、あの無機質の冷たさに耐えられなかった。それで、その後コリアという男には興味を持たないで来た。ところが、『リターン・トゥ・フォーエヴァー』(ポリドール)の爆発的人気、そして日本公演である。聞かないわけにはいかなくなり、コリアのあまりの変貌ぶり驚いた。かつてぼくに冷血動物を連想させたコリアが、いまや、ブラジルのビートとロックの感覚をとり入れて、乗せ乗せの大ハッピーな音楽をやっているのだ。
(中略)
 マイルス・デイヴィスは『オン・ザ・コーナー』でとうとう評論家たちにも見離されたようだが、コリアにしても、今の方向ではマンネリ化はすぐ目の前である。そのときにジャズ・ジャーナリズムがどういう態度をとるかを、ジャズ・ファンは注視すべきであろう。

「チック・コリアのピアノ・ソロのデビュー・レコード」というのはPiano Solo Albumという意味でしょうか?
このAlbumはBassがMiroslav Vitous, DrumsがRoy HayensのTrio編成なのですが...
いずれにせよ とうよう翁はChick Coreaと相性が悪いようですね。
‘14 No.1 

 
The Immortal / Charlie Parker
Savoy録音の豪華三枚組。 この一組で 一気にJazz/Charlie Parker通になろうという目論んだのですが 見事大失敗に終わりました。 針を落として吃驚したのは 1枚目1面冒頭のAnother Hair Doからして 3度のやり直し。 2面のPerhapsに至っては何の前触れもFade Outもせずに いきなりのぶつ切り。 Jazz愛好家にとっては多分常識なのでしょうが Pops愛好家にはとてもついて行けません。  資料価値は高いのでしょうが 明らかに上級者向けでJazz入門者には不向きな代物でした。

解説(トニー・スコット)

 僕はね、普通このLPに収められている様に、同じ曲を、なん度もなん度もやりかえしているのを聴くのはきらいなんだ。だけどね、パーカーの場合は例外だな、実に貴重だし興味があるんだな。どうしてというと、とにかくパーカーの様な天才が何故、途中で演奏をやめて、吹込みなおしをしているのか、どうして具合が悪くなっちゃったり、ミスしたり、しているのだろうという、色々な秘密が解るわけだ。これは実に貴重なもんだよ。僕は勿論このLPを大切に持っているけどコレクター・アイテムとしても勿論実に貴重なものだと思うね。

私には到底辿り着くことの出来ない境地です。 結局 いまだに 私にとってCharlie Parker師は敷居の高い存在のままです。 そういえばRock界でも Jimi Hendrix師没後は 様々な形で生前の演奏が発掘されました。 またBeatlesのOuttakesも出回っているようですが とうとうRockやBeatlesも Modern Jazz同様 現代性/先進性を失って文化遺産の領域に入りつつあるということかもしれません。
 
                    


60年代が中心です。 当時は ある程度ヒット曲がないとアルバムは発表できませんでした。
アルバムは高いし 子供にはEP4曲入りが最高の贅沢。 情報源はFENやラジオ関東でした。
シングル盤 
Bus StopやThe LetterにMr.Lonelyなどポップス中心に75枚程度。
Lesley GoreやNat King Coleが好きですが Animalsが4枚で一番多いです。
EP4曲入り
Spencer Davis Group, Kinks, Them, Animalsなどビートグループ中心に15枚。
DoorsのSoft Paradeは買わずに4曲入りで済ませました。実はTroggsのFanでした。

70年代が中心ですが いわゆる大御所が欠落しています。
この頃はジャケット買いも多く 実はほとんど聞いていなかったり リストに載せるのをためらった物がまだあります。
米国ソロアーティスト
Tim Buckleyなど米国のソロアーティストが100枚弱。Eric Andersenが8枚もありますが Blue Riverはありません。 
米国楽団
Fugs Seatrainなど米国のグループが100枚前後。Grateful Deadが妙に多いのに Jefferson AirplaneはVolunteersだけ...
英国及び欧州
Familyなど英国のアーティストが90枚前後。Chapter Threeも含めて 妙にManfred Mannが多いです。

普通 就職等の環境の変化に伴い音楽の嗜好も変化する筈ですが ピストルズが気に入り あらぬ方向へ。
ただ既視感は否めませんので 次々刺激を求めて聞きあさる形になってしまい 年齢を痛感する次第です。
パンク前後
Television Scritti Porittiなど80枚前後。Jonathan Richman関連が 無駄に多いような気がします。
ソウルやレゲエ
Cooke OtisからBlack Uhuruなどレゲエが中心に130枚前後。それなのに Bob Marleyは1枚だけ...
(訳のわからぬのが多く まだ未整理状態) 

訳のわからぬものも。ただ本当に好きなのはこちらかも...
ちょっと照れるコレクション
密かに隠し持つレコードということに。和ものはここに入れておきました。


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