ミニ説法

 「角隠し」は、浄土真宗が生んだ文化であることはいつか紹介したことがあります。広辞苑を引くと「一向宗門徒の女性が寺参りの時に用いたかぶりもの。現在では婚礼の時に花嫁がかぶる頭飾り」とあります。角隠しは、私には角がありますという自覚のあらわれだとのこと。
 「させて頂きます」も、浄土真宗から生まれたというのが司馬遼太郎さんの説です。氏の「街道をゆく」に
「日本語には、させて頂きます、という不思議な語法がある。この語法は上方から出た。ちかごろは東京弁にも入りこんで、標準語を混乱(?)させている。「それでは、帰らせて頂きます」。「あすとりに来させて頂きます」。…この語法は、絶対他力を想定してしか成立しない。それによって「お陰」が成立し、「お陰」という観念があればこそ、「地下鉄で虎ノ門までゆかせて頂きました」などという。相手の銭で乗ったわけではない。自分の足と銭で地下鉄に乗ったのに、「頂きました」などというのは、他力への信仰が存在するためである。
 …かつて近江商人(近江門徒)が、京・大阪や江戸へ出て商いをする場合も、得意先の玄関先でつい門徒語法が出た。「かしこまりました。それではあすの三時に届けさせて頂きます」というふうに、この語法は、とくに昭和になってから東京に浸透したように思える。明治文学における東京での舞台の会話には、こういう語法は一例もなさそうである」とのこと。
 その近江商人の代表と言えば伊藤忠や丸紅の初代の創業者です。この方は篤信の真宗門徒でもありました。
 産経新聞に以前「われ官を恃まず」という連載が、そのことが紹介されていました。(著者吉田 伊佐夫  扶桑社より発売)
 その中に、伊藤忠兵衛氏は、米国向け直貿易のパイオニアでもありました。
 その初代が、常日頃語っていた言葉です。
「事業や財産の興廃存滅は意とするに足らぬ。理由のあることで仕事を潰しても文句は言わぬが、お前は信仰のある…他力安心の家庭に育っただけに、他の全てを失っても、本当の念仏の味、有り難さだけは忘れてくれるな。仕事も生活もそれに乗せてくれ」。商売は菩薩の行と事業を興したそうです。
 「させて頂く」も、こうした方々の日頃の言動から広まった言葉なのでしょう。



今月の詩

晴れてよし
曇りてもよし
不二の山
もとの姿は変らざりけり
《山岡 鉄舟》

 この歌の「不二」は、「冨士」との両方の言葉で伝承されている。鉄舟は、浄穢不二という境地を実生活の中でどう体現していくかに苦心された人でもあるので「不二」が本当かとも思う。浄穢不二とは、きれいだとか、きたないとかへの自分のこだわりから自由になることです。
 鉄舟の逸話です。『全生庵記録抜萃』によると、鉄舟が無刀流を開創したのが明治十三年三月三十日だったので、それ以来、毎年、その日を、稽古始めを兼ねた記念祝日として、門人一同に牛飲馬食の無礼講を許した。ある年のその日に、禅の弟子で内田宗太郎という人が偶然その宴会に出席したことがある。
 そこへしたたかに酔った一門人がやってきて、鉄舟の前に両手をつき何かを言おうとして、うつむいたとたん、思わず吐いてしまった。鉄舟はつと立つと、その門人を押しのけ、アッという間にその吐瀉物を食べつくしてしまった。内田宗太郎が驚いて、「先生、何をされるのですか」というと、「ウン、ちょっと浄穢不二の修行をした」と平然としていた。「しかし、あんなものを召し上がっては、毒でございます」「身体のことなんか考えていては、ろくなことはできん。いまどきの修行者をごらん。剣道でも禅でも、みんな畳の上の水練だから役に立たんじゃないか」こういったという。
 浄土真宗では、この浄穢不二の境地を、阿弥陀仏の功徳としてみていきます。心が悪に汚染された者をも、摂取して下さる仏ましますということです。


通信

● 本願寺のホームページに、
http://www.hongwanji.or.jp/「みほとけとともに」が掲載されています。このコーナーは、全国で放送されているラジオ放送「西本願寺の時間」(10分番組)を、まとめて聞けるコーナーで、私の録音も掲載されています。お試し下さい。

● 萩原健一さん本派僧侶に変身(東京テレビ系で放映)
ショーケンこと萩原健一さんが本派僧侶に扮し、殺人事件の謎を解き明かすミステリードラマ「坊さん弁護士・郷田夢栄ー17歳の殺人者」が、1月29日午後8時54分からテレビ東京をキー局に放送される。
 萩原健一さん演じる強打夢栄は、弁護士の資格を持つ本派寺院の副住職という設定。困っている人や事件に巻き込まれた人を法律上の問題はもちろん、その人の心の問題にも踏み込み救っていくと


いうストーリーになっている。
 シリーズ化も予定されているという。(この項、本願寺新報より)

● 5月の中国旅行、ご一緒しませんか。詳細はパンフレットをご覧下さい。

● インフルエンザが流行とのこと。お年を取ってからの風邪は、大事ですのでお気を付けて下さい。私は、気管支をやられ、ローペースで、生活しています。

マーガレットニュウマンは「看護論」に、
『疾病は、人間が自分のパターンに気づく方法である。ー
彼らが病気になる以前にはあまり経験したことがないような強さ・智慧・洞察力を自分の内部に見つけ出す』と語っています。
 病気になることを通して、今まで気づかなかったことや、疎かにしていたことに思いを巡らす事が重要だとのことです。
合掌

いのちの学び 142号

141号

2003.2.1日号